第84話 街を巡る(後編)
解体屋を出てまた街をブラブラする。とりあえず最奥に見える高い壁まで行ってみる事にしよう。
大通りに戻ると、レンガ造りの常設劇場が一際立派に建てられているのが分かる。どうやら現ベフメ伯爵が、子供の頃にわがまま言って建てられたらしいが、建てて正解だっただろう。今の時間も外には行列が出来ていた。
大通りにはいくつか行列の出来ている建物がある。評判の食事処、常設劇場、そして闘技場だ。
コロッセオやコロシアムと呼ばれるあれである。円形の大きな建物は常設劇場よりも立派な石造りだ。バヨネッタさんの話では、これでも首都の闘技場よりは小さいらしい。
首都にもあるのか。と思ったら、首都が本場らしい。そう言えばローマ帝国の闘技場も、実際にはローマだけでなく帝国各地にあったと聞いた事がある。そんな感じで、オルドランド各地に闘技場があるのだろう。
ちょっと中に入ってみた。入場料は一番安いのが二百エラン。二千円だった。俺は日本で格闘技の観戦などはした事ないが、これは安いのではないだろうか?
「ハッハッハ。今日はビッグマッチもないからな。こんなもんだぜ」
と紐の付いた木板のチケットを売ってくれたおっちゃんが教えてくれた。成程。値段は変動するのか。と俺は木板の紐を腕に通す。大きな試合になれば高値となり、小さな試合であれば安値になる。当然だな。大きな試合では転売ヤーだかダフ屋も出るそうだ。
闘技場では普通に賭けが行われていた。公営のギャンブル場の側面があるらしい。まあ、影でこそこそ賭けられるより、領が胴元になってやった方が健全か。そこら辺の引き締めの為か、兵士が巡回している。
中に入ると上り階段だ。俺のチケットは一番安いので、選手たちが戦うリングから一番遠い、四階席となっている。エレベーターもエスカレーターもないので、地味に辛い。
四階の出入口が近づいてくると、聞こえていた歓声が段々と大きくなり、出入口を出ると、選手たちが戦う姿とともに、熱い歓声が鼓膜を揺さぶる。
今日はビッグマッチはないそうだが、中々どうして、観客の熱量は高い。まあそうか、お金賭けてるんだもんなあ。
「うおう!」
「やれ!」
「刺せ!」
「ぶっ殺せ!」
何とも殺伐とした声援が飛び交うが、選手たちが使っているのはどうやら真剣などの本物らしく、魔法も飛び交うので、確かに死人が出てもおかしくないな。と思った。まあ、治癒系魔法の使い手とか、ポーションとか用意されているのだろうが。
剣と剣がぶつかり合い、魔法と魔法が弾け飛ぶ。攻撃されれば血が飛び散り、魔法を受ければ熱傷となる。レベルの低い戦いだからだろうか? 試合は泥試合となりやすく、選手たちの傷がどんどん増えていく。俺には痛々しさに目を背けたくなる感じだった。
だからと言ってレベル差があるのも問題だ。ある青年剣士の試合では、相手は何も出来ずに両腕を切断されて負けていた。闘技場恐い。ベフメ伯爵が劇場を建てたのも分かると言うものだ。
「ゥワン! ワン!」
だがミデンは魔犬としての血がたぎるのか、どの試合でも吠えまくっていた。
結果三試合程観て闘技場を離れた。俺には向いていなかったが、ミデンの興奮っぷりからしたら、ねだられてまた観にくる事になりそうだ。
更に大通りを進むと、神殿が見えてくる。周りの建物と建築様式が明らかに違う。白亜の神殿だ。そこに、夕方だと言うのに結構な行列が出来ていた。そんなに祝福の儀を受ける人間が多いのだろうか? と訝しがるが、並んでいるのは皆冒険者のようだ。しかも神殿に似つかわしくないフル装備である。え? 何? これから冒険に行くんですか? って格好だ。
「あら? ハルアキ?」
と、神殿から出てきたのは、バヨネッタさんだった。
「バヨネッタさん? ここにきて祝福の儀って、どんだけ強くなろうとしてるんですか」
俺がそう言うと、笑われてしまった。
「違うわよ。ここは神殿って言われているけど、古代遺跡のダンジョンなのよ」
「ダンジョン?」
「ええ。吸血神殿と呼ばれていて地下にダンジョンが広がっているの。ビール川流域には結構点在しているダンジョンなのよ」
「吸血神殿、ですか。怖そうな名前ですね? 中で吸血鬼が襲ってくるとか?」
「吸血鬼? は分からないけど、血を吸う魔物は出てこないわね。出てきたのは普通の魔物だったわ。角ウサギにゴブリン、オーク、ああ、吸血コウモリはいたかも知れない。でもそれが名前の由来ではないわよ」
へえ、ゴブリンとかオークっているんだ。ここまで旅をしてきて、見掛けた事ないなあ。ラノベやマンガだと、ゴブリンなんかはザコ敵だったり、恐怖の対象だったり、ピンキリだよなあ。
「でも吸血コウモリが名前の由来じゃないなら、何で吸血神殿なんて呼ばれているんですか?」
チュパカブラでもいるのか?
「神殿が血を吸うからよ」
「はあ?」
変な声を上げてしまった。だが仕方ない。意味が分からないんだから。
「吸血神殿はね、一定期間そこに置かれている無生物を吸収してしまう性質のあるダンジョンなの」
益々訳が分からない。
「つまり、ダンジョンで魔物を倒すじゃない」
「はい」
「普通であれば魔物から魔石なんかの必要な素材を剥ぎ取るんだけど、吸血神殿ではそれを後回しにして放置していると、ダンジョン自体が魔物の死体を飲み込んでしまうのよ」
「…………はあ。それは無生物なら何でも?」
「ええ」
「武器や防具も?」
「ええ」
「人間の死体も?」
「ええ」
恐ええ。それで血を吸う神殿、吸血神殿なのか。血だけでなく肉体そのものを吸収しちゃうんだから、吸血どころの話じゃないな。
「一説には、古代オルドス文明が毎年氾濫するビール川を鎮める為、生贄を捧げる神殿として建てたのだとか」
生贄で毎年氾濫するような川が鎮められたのかねえ。
「吸収された人たちはどうなったんですかね?」
「死体は残らず神殿に吸収されるけど、武器なんかは海に放り出されている事が近年確認されたわね」
「海ですか? ここからだとかなり遠いですよね?」
オルドランドの南端は海に接しているが、ベフメ領は決して海に近くない。それなのに武器類は海に? 転移魔法って事だろうか? その魔力は魔物や人間から吸収しているにしろ、ずいぶん大規模だな。
「それで? 今からダンジョンに潜りに行くの?」
「行きません」
そんな恐い所、好き好んで行っていられない。
「何だつまらないわね」
「つまらなくて結構です。俺は向こうの城壁まで行きたいんです」
と俺は壁を指差した。
「城壁? ああ、あれは城壁じゃないわよ」
バヨネッタさんに別れを告げ、俺とミデンは城壁ではないと言うその壁を登っていた。壁には長いスロープが取り付けられていて、それをえっちらおっちら登っているのだ。闘技場と言い、このスロープと言い、今日は良く登る日である。翼を広げて飛んでいけば早いのだろうが、目立つしなあ。などと考えているうちに、壁の天辺にたどり着いた。
「おお! これは中々に壮大! 絶景だな!」
壁の向こうは川になっていた。しかも川幅は数百メートルはある。ピルスナー川ってこんなに大きな川だったのか。そのピルスナー川に夕日が差し掛かり、今にも暮れようとしていた。その姿がとても美しいと思えた。
そして今俺が立っているのは、城壁ではなく堤防だ。この大きな堤防が、左右に弧を描きながら、どこまでも続いている。本流のビール川は毎年氾濫するって話だからな。支流のピルスナー川もその対策をしているのだろう。大変だな。
「あら? あなたは学生さん?」
と堤防で俺に声を掛けてきたのは、ベフメ伯爵だった。お供にジェイリスくんとドイさんらを連れていた。にしても今日は良く声を掛けられる日だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます