第428話 主砲
地上に戻ってきた俺たち。横ではバヨネッタさんがなんだかすっきりした顔をしている。
「楽しかったですか?」
「そうね。サングリッター・スローンでの安定した飛行も悪くないけれど、ツヴァイリッターの風を感じる飛行もまた一興よね」
左様ですか。俺の方は疲れてきているが。
「さて、残るイベントは、主砲の威力の確認かしら」
言ってツヴァイリッターから降りたバヨネッタさんは、サングリッター・スローンを、いや、その主砲を見上げた。
「主砲の試し撃ち、ここでやるんですか?」
「ここ以外のどこでやるのよ?」
いや、確かにサンドボックスは凄いけれど、ここで主砲を撃って、他の区画、ベナ草に影響が出ては問題だろう。特に今は、
『少々よろしいでしょうか?』
真っ白い空間に響き渡るオルさんの声。
『現在このサンドボックスの他区画にて、ベナ草の純粋種の栽培をしておりまして、あまり手荒な事はご遠慮願いたいのですが』
オルさんに言われて、あからさまに不機嫌な顔になるバヨネッタさん。でもオルさんが制止すると言う事は、その主砲、確実に他の区画に影響が出るレベルの代物って事か。
「その主砲って、どう言うものなんですか?」
聞くのも恐ろしいが、興味が湧かない訳がない。
「坩堝砲と言ってね……」
「はい、アウトー」
「何がよ?」
「名前からしてアウトのやつじゃないですか」
「でも威力は凄いわよ。多分」
でしょうね。多分と言うからには、まだ試射もしていないのだろう。
「坩堝砲は人工坩堝を一つ使い潰して放つ、サングリッター・スローン最強の砲撃よ」
「………………は?」
名前からして、人工坩堝を使うのだろう事は理解していたが、今、人工坩堝を一つ使い潰すって言ったよね? 貴重な人工坩堝を使い潰して放つ砲撃なんて、バヨネッタさんは向こうの世界を平らに均すつもりなのだろうか。
「まあ、百パーセントの威力で撃ったら、サングリッター・スローンが壊れちゃうんだけどね」
「駄目じゃないですか」
思わず半眼でバヨネッタさんを見てしまった。
「大丈夫よ。壊れるのは砲門だけだし、サングリッター・スローンには自動修復機能も付いているから」
わあ、そんな便利機能も付いているんだあ。ではない。なんか問題が大き過ぎて頭痛がしてきた。
「でも困ったわね。いきなり本番で使う訳にもいかないでしょう」
それは…………確かに。そんな危ないものが周囲に味方がいる時に暴発したりすれば、それだけで味方が壊滅だ。
「はあ〜〜〜〜。分かった。分かりましたよ。試射出来るようにしますから、百パーセントはやめてください」
「あら、流石は私の従僕ね。ご主人様の為とあらば、自ら的になる事も厭わないなんて」
「俺が的になるとは言っていません!」
全くもう! 俺は嘆息しながら、右手を軽く上に向ける。するとそこにバスケットボール大の青い球体が現れた。球体自体ゆっくり回っており、その周囲を光輪が回っている。
「それは?」
「『清浄星』です」
俺の発言に目を見開くバヨネッタさん。
「へえ、それが『清浄星』。小さな星と言うから、目に見えないくらい小さいのかと思っていたわ」
それは俺も思っていた。でもまあ、惑星と考えると、これは小さいだろうな。
「で、それを標的にすれば良いの? 的にするには小さいわね」
「ははは。それは勘弁してください。どうやらこの星は俺の命と同義であるらしくて、破壊されたら俺が死にます」
それを聞いてバヨネッタさんは眉根を寄せる。ではどうしろ? とでも言いたげだ。
「まあ、色々準備がいるので、それまでに主砲、その坩堝砲を撃てるように用意しておいてください」
俺の言葉に、バヨネッタさんは一度肩をすくめてからツヴァイリッターの側車に乗り込み、サングリッター・スローンへと戻っていった。あのバイク、俺がいなくてもリコピンがいれば動くんだよなあ。
さて、俺も準備をしないとな。これ、『有頂天』状態じゃないと使えないんだよねえ。と心の中で愚痴りながら、俺は右手の指輪に火を灯す。
『有頂天』状態に入った俺は、青い海だけで構成された『清浄星』に、陸地を作り、高い山を作り出す。まるで惑星開発ゲームのようだ。ちょっと楽しい。おっと時間がない。この状態で魔法を使うと、HPまで使う事になるのだった。無駄遣いは厳禁だ。
俺は「はあ」と短く息を吐き、気を引き締め直すと、体内の坩堝を丹田、腹、胸と三つ開く。これだけで身体への負荷は相当なものだ。だがここまでしなければ次へ進めない。俺はもう一度息を吐き、気合いを入れ直すと、『清浄星』に俺のLPを注ぎ込む。
すると『清浄星』が辺りを埋め尽くす眩しい光を放ったかと思えば、その姿を消し、代わりに周囲の景色が一変していた。
そこは何もない赤茶けた大地で、眼前には青い海がどこまでも広がっている。上を見上げれば空は青く雲一つなく、その代わりにあるのは、この惑星の周囲を回る大きな光輪だ。
『何、これ……』
サングリッター・スローンからこぼれるバヨネッタさんの声は、驚きで満ちていた。これだけで、してやったりと言ったところだが、この状態の『清浄星』はとんでもなくLPを消費する。さっさと坩堝砲を撃って貰おう。
「バヨネッタさん!」
俺が声を張り上げて指差す先には、赤茶けた大地と同じ色をした富士山クラスの高い山がそびえ立っていた。
「あれなら的として十分じゃないですか?」
『…………そうね。三十パーセントってところかしら』
あれ相手で威力三十パーセントなのか。
「もう、何でも良いから撃っちゃってください! この状態、三分しか保たないので!」
それを超えると死ぬ。
『分かったわ』
との声の後、サングリッター・スローンはその履帯を動かし、器用に角度を付けて山へと狙いを定めると、坩堝砲を放つ砲門が高速で回転を始め、その内部がオレンジ色に輝き始めた。俺はとてつもない事が起こる予感がして、耳を塞いでその場にしゃがみ込む。
その次の瞬間、砲門から放たれた坩堝砲の閃光が、山を貫き、その熱膨張によって、山の上半分が吹き飛んだ。
その光景に心臓がヒュンと縮み上がる。あれで三十パーセント? 富士山クラスの山が吹き飛んだんですけど?
『まあ、こんなものかしら』
と不満げなバヨネッタさんの呟きに、俺は開いた口が塞がらなかった。
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