第153話 夕街から夜景へ

 翌日。学校帰りにクドウ商会のオフィスに向かい、オフィスから異世界へ。


 マスタック邸に用意された私室から、オルさんの部屋に向かう。いくらオルドランド側から国交締結を先延ばしにされたからと言って、マスタック侯爵やらジョンポチ陛下に、面と向かって「転移能力者が揃うのはいつ頃になりますか?」とは聞けない。なのでオルさんに頼んで、『変装』の指輪を用意して貰い、まずはサリィの街のスキル屋を巡る事にした。



「すみません。付き合って貰っちゃって」


 今回の同行者は、同じく『変装』の指輪を付けたオルさんとミデンだ。ミデンも、こっちにいたり俺ん家にいたりで、もうどっちが本体なのか俺にも分からなくなっているが、こちらで生活をともにするミデンとしては、いくらマスタック邸に広い庭があるとは言え、ストレスは溜まっていたようで、俺たちが屋敷の外に出る算段を話していたら、凄い勢いで同行をアピールしてきたので、連れて行く事が決まった。


 マスタック邸の裏口から敷地を出ると、マスタック邸を囲っているサリィの住民たちに凄い視線を向けられた。きっと、変装していない俺が出てきたんじゃないか、と思われたのだろう。全くの別人(変装)が出てきた事で、凄くガッカリされてしまったけれど。見られた時は、視線が鋭すぎて殺されるんじゃないかと思ったよ。


 陛下と競馬を観覧した時には、自走車の窓はカーテンで閉じ切った上に、日本から持ち込んだガムテープで隙間を塞いで事なきを得たけど、バレていたら囲まれて、どんな目に遭っていたか分からないな。



 スキル屋は、サリィの街にいくつかあるようだが、今日のところはマスタック邸から近い北東地区のスキル屋に向かう。もう、日も傾いてきているしね。


『変装』して歩くサリィの街は、平穏を取り戻してきているのが分かった。所々に住民たちが争った跡が見受けられ、それを直している姿もチラホラあるが、住民たちの顔には笑顔があった。ホッとする。



「こんにちは」


「いらっしゃいませ」


 店に入ると、柔和な笑顔のスキル屋のご主人が、カウンター越しに対応してくれた。俺とオルさんはカウンター付きの椅子に腰掛け、ミデンは俺の膝に飛び乗る。


「何をお探しでしょうか?」


 柔和なご主人に尋ねられ、


「『超空間転移』と言うスキルはあるでしょうか?」


 と聞いてみたところ、柔和なその顔が、ハの字眉の困り顔に変わってしまった。


「申し訳ありませんお客様。『超空間転移』に関しましては、国からのお達しで、販売禁止となっております」


「販売禁止、ですか?」


 こちらは事情を知っているから、オルドランドが国の政策としてそれをするのは分かるけど、スキル屋としてはどうなのだろうか?


「販売って事は、買い取りの方はやっているのかい?」


 オルさんがそう尋ねると、今度はご主人の顔に花が咲いた。


「ええ、それはもう。高値で買い取らせて頂きますよ。『超空間転移』の売却ですか?」


 俺とオルさんは顔を見合わせる。販売禁止になっているスキルを高値で買い取る。ねえ。どうやらオルドランド政府が、更に高値で『超空間転移』を買い取っているようだ。


「いえ、珍しいスキルだから、あるなら売って欲しかったんですけど、無理なら良いんです。お邪魔しました」


 俺たちはそう言うと、名残惜しそうにするご主人を背に、スキル屋を後にした。



「この調子だと、他のスキル屋も同様だろうねえ」


 オルさんの言葉に俺は首肯する。


「でもまあ、これ自体は喜ばしい事ですよ。オルドランド政府が日本との国交締結に前向きな証拠ですから。いたずらに時間稼ぎをしているんじゃなくて良かったです」


「そうだねえ」


 この政策で、いったいどれくらいの『超空間転移』のスキルが集まるのかは分からないが、0と言う事はないだろう。五人分か十人分か、スキルが集まれば、話し合いも再開されそうだ。


「さて、どうする? 早くも目的は達成した訳だけれども、もう屋敷に戻るかい?」


 どうしようか? 確かにもう帰っても良いのだけれど、気分的にはまだ帰りたくない。ミデンも同意見らしく、「ク〜ン、ク〜ン」と甘えてくる。


「少し街を回りましょうか?」


「そうだね。僕も賛成だよ」


 との事なので、二人と一匹は日が沈むサリィの街を散策するのだった。



 ふらりと入った食堂で、川エビを食べる。やはり美味い。ラガーの街でも思ったが、ビール川はエビが美味い。反対に魚がイマイチだ。川の色があれだけ濁っていれば、そりゃあ泥臭いと言うか、変な臭いが付くのも分かる気がする。ウナギは土中でも美味かったのだが。調理法の差なんだろうか? 魚は安いから文句は言えないが。


「僕はコーラがあれば十分かなあ」


 オルさんは魚を一摘みしただけでこちらに押し付け、自分は『空間庫』からコーラを取り出して飲み出した。ミデンはエビしか食べない。仕方ないので俺は魚担当だ。日本人って、こう言うのに勿体ない精神が働くよなあ。



 食後、消化を助ける為だ。などと言い訳して、日が暮れた街をぶらぶらしているうちに、住宅街に迷い込んでしまった。どうしよう。帰り道が分からない。まあ、最悪、アニンを翼に変化させて空から帰ろう。と更に住宅街をぶらぶらしていると、ミデンがとある家の前で止まって動かなくなった。


「ゥワン! ゥワン!」


 しかもその家に向かって吠え出してしまう。どうしたんだミデン? 普段は大人しいのに、こんな時に限って。近所迷惑でしょうに。そう思ってミデンの口を閉じようとするが、頑固に反抗して閉じようとしない。そうこうしているうちに、件の家の玄関扉が開かれた。途端に吠えるのをやめるミデン。玄関を開けたのは、腰が曲がり、杖をついた老婆だ。


「ふん。犬の嗅覚ってのも、馬鹿には出来ないねえ」


 老婆がしゃがれ声でそう言うと、ミデンは嬉しそうに老婆の家に入っていってしまった。俺とオルさんが置いてきぼりの状況に戸惑っていると、


「何してるんだい? あんたらも来な。そんなところに突っ立ってられる方が迷惑だよ」


 老婆に招き入れられるように、俺とオルさんは家に入る事になった。

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