第288話 何をやっているんだか(前編)

「俺はランディ・ランドロックだ! よろしくな小僧!」


 挨拶がてらに交錯する大剣で俺は吹き飛ばされた。なんて膂力だ。地球人に吹き飛ばされるなんて変な気分だ。俺は片手を地面について体勢を立て直し、やり直しだとばかりにランドロックの方を見て動きを止めた。ひらひらと揺れるものが視界を遮ったからだ。


(蝶? いや、蛾か?)


 ここは室内とは言え、街と言っても差し支えない場所だ。昆虫が飛んでいようと不思議はない。それがゆらゆらと揺らめく、青く燃える蛾でなければ。


 ハッとして周囲に注意を向ければ、いつの間にか俺の周りを燃える蛾がゆらゆら飛んでいる。


『ハルアキ』


(ああ。ただの蛾じゃないよねえ。スキルかな? 魔法かな?)


『魔法だな。奴の剣を見てみろ』


 アニンにそう促され、ランドロックの大剣を見遣れば、そこには燃える蛾と同じ、青い紋様が浮かび上がっていた。


「ボンバーモスって言うんだ! 良い剣だぜ!」


 そう言ってランドロックが片手で大剣を振り回す程に、蛾が周囲に散らばって埋め尽くされていく。しかしボンバーモスとは物騒な名前だ。大方、この蛾に触れると爆発でもするのだろうが、そんな単純な小細工に、俺が引っ掛かるとでも思っているのだろうか? 確かに、大量に蛾を出されると身動き出来なくなるが、まだそれ程ではない。今なら……、


 ボンッ! ドガガガガガガッンンンンッ!!!!


 大爆発が起きた。ランドロックがピストルで蛾を撃ち抜いたからだ。そんな事もしてくるのかよ!? その瞬間にアニンを黒い膜にして身体を覆ってダメージを軽減させたが、それでもかなりの衝撃が身体に響いた。


「…………っ痛えええ」


 爆発の中、アニンの黒い翼で爆煙を払う俺の方を向いて、ランドロックは不敵に笑った。


「はは! 凄えな小僧! これを食らえば、普通の人間なら百回は死んでいるぞ!」


「そうかも知れないな」


 対して俺は自嘲気味に嘆息していた。もう普通の人間として普通に生きるのは無理だと、諦観しているからなあ。


「こいつは、他に向かった連中も難儀していそうだな」


 へえ。バヨネッタさんたちのところにも刺客が差し向けられていたのか。それはご愁傷さまだな。


「もう良いかな? こんな時間、無駄でしかない」


「はは! ニヒルを気取るなんざ、この新時代には似合わないぜ!」


 言いながらランドロックは猛スピードで俺に迫り、大上段から大剣を振り下ろしてきた。それを俺は黒剣で受け止める。


 ドンッ!


 今度は斬撃とともに爆発が起こった。だがまあ、予想の範囲内だ。単発であれば、それ程脅威とは言えない。


「やるなあ!」


 次いで二撃、三撃と軽々と大剣を振り回し、攻撃を仕掛けてくるランドロック。そして攻撃回数が増える程に、俺は大剣ボンバーモスの厄介さに苦しめられていく事になった。


 攻撃を受け止めれば、同時に爆撃が襲い来る事となり、躱せば燃える蛾が周囲に飛び散り、爆撃の濃度が増すのだ。そしてランドロックはその蛾を、もう片方の手に持つピストルで任意のタイミングで爆発させられる。どうにも後手に回ってしまっていた。


 ピストルの弾倉交換マガジンチェンジのタイミングで攻勢に出ようとするも、そこは軍人と言う事だろう。隙のない、素早いマガジンチェンジで、逆にピストルの弾丸を一発食らう事になる。


「常人より頑丈だからって、痛いものは痛いんだぞ!」


 俺が声を荒らげて黒剣を横薙ぎに振るえば、ランドロックも距離を空けた。


「ほう、そうなのか?」


 その不敵な笑顔がムカつくな。


「他者の犠牲の上でふんぞり返っている、お前たちには分からないだろうけどな」


 ランドロックの笑顔が一瞬だけ真顔になった。奴にも思うところがあったようだ。


「はは! 新たな世界を築く為には、多少の犠牲は仕方がない。とでも言って欲しそうな顔だな?」


 チッ、余計にムカつく事を言ってきやがった。


「違うとでも?」


「ドミニク様が治める新世界となれば、何もかもが違ってくる」


「そんな訳ないだろう」


「そんな訳あるのさ」


 そう言ってまたもランドロックは不敵に笑った。


「そうか。今の会話で、お前らとは議論も交渉も出来ない事だけは理解出来たよ。俺たちは、これでしか語り合えない仲なのだろう」


 そう言って俺は、黒剣の切っ先をランドロックに向けた。


「ああ、そうだな。小僧の死は無駄にはしない」


 そうして俺たちは幾度となく剣を結び合った。黒剣の黒い軌跡と大剣の青い軌跡は何度も重なり、その度に爆発が起こる。俺は『時間操作』で徐々に速度を上げていったが、それにもこの男はついてきた。


「『加速』か」


「流石は向こうの世界で旅をしているだけはある。分かるか」


「友達が同じスキルなんでな」


「確かにレア度はそれ程高くないスキルだからな」


 しかしだからと言って勇者と同等のスキルを持つ相手と戦う事になるとはな。それよりも、


「どうやってそこまでレベルを上げた」


 俺が気になるのはそっちの方だ。俺と同等に戦えると言う事は、レベル四十以上あると言う事になる。アンゲルスタが前々から異世界の存在を認知していたなら、俺がジョンポチ帝らを連れて、東京でバスツアーをした時、もっとレベルの高い奴が襲ってきていてもおかしくなかったはずだ。それがアンナマリー・エスパソと言う、レベル一のスキル持ちだった。あの時点でアンゲルスタに高レベル者がいなかった事が窺える。


 だと言うのに、それから数ヶ月で、アンゲルスタは俺よりレベルの高い実力者を用意してきた。何かからくりがあるはずだ。


「勘が鋭いな、小僧」


 言ってランドロックは強引に大剣を振るって俺を吹き飛ばした。


「……それもドミニク様のスキルってやつか?」


「ああ。『分配』と言う、自身の経験値を他者に配分するスキルさ」


 成程、レベル五十に既に達しているであろうドミニクが、何の為に『信仰』で経験値を集めていたのか疑問だったのだが、これで合点がいったな。配下の経験値を集めていたのか。優しい王様ですねえ。民には厳しいけど。


「しかし、そんな重大な秘密、俺にしゃべってしまって良かったのか?」


「しゃべったところで、お前らの敗北は変わらないだろう」


「何だと?」


「お前らは愚行を冒したのだ」


 愚行とは大きく出たな。


「だってそうだろう? 高レベル者となった我々にとって脅威となるのは、地球の現行の軍隊ではない。お前らだ。つまりお前らさえ倒してしまえば、我々の勝利なのだよ。だから我々はお前らを草の根分けても探し出し、一人残らずこの地球から排除し、異世界との繋がりを完全に断ち、地球のみで完成した世界とする予定だったのだ。だと言うのに、お前らの方からのこのこ現れるとはな。これが笑わずにいられるかよ」


 はっはっはっ。笑わずにはいられないのはこちらの台詞だ。随分と俺たちは低く見られているようだな。良いだろう。それがお前たちアンゲルスタの叶えられない夢想でしかない事を教えてやる。

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