第100話 五感

 俺は今、頭全部を被う変なマスクを着けさせられて、リットーさんと対面している? なぜこんな事になったのかと言えば、ジェイリスくんが原因だ。



 雨は続く。三人で話し合った結果、今回のハイポーション製造方法を世に発表するのは、一旦見送りにする事となった。


 確かに現状ポーション自体が市場に出回る数が少なくなってきている中、ハイポーションの製造方法が分かった事は大きい。が、大き過ぎた。意外と簡単に出来てしまう事も問題で、これではただ市場に混乱をもたらすだけになってしまい、ハイポーションを売りにしている商人、ひいてはモーハルドを敵に回す事になってしまうからだ。


 ただ、リットーさんは今回の事に立ち会った人なので、リットーさん個人に対して格安でハイポーションを販売する事になった。


「オルがハイポーションの製造に成功した事は、周りに自慢して良いんだろう?」


 その口に戸は立てられなさそうである。


 ハイポーションの製造にひとまず成功したので、その事をバヨネッタさんに報告する為に、俺が席を立つのと、部屋の扉がノックされたのは同時だった。


「はい?」


 部屋主であるオルさんが返事をすると、「ジェイリスです」と返ってきた。



 ジェイリスくんはリットーさんに用事があって訪ねてきたそうだ。


「何かな?」


 リットーさんが尋ねると、ジェイリスくんは緊張した面持ちで口を開く。


「先日の戦いで、リットー様は見えないウルドゥラと、まるで見えているかのように戦っておりましたよね? あれはリットー様特有のスキルだったのでしょうか? それとも、私にも訓練すれば出来るようになるものなのでしょうか?」


 確かにあれは凄いものだった。見えない相手とああも互角にやり合うと言うのは、『野生の勘』のギフト持ちの俺でも難しいと思う。精々避けるので精一杯だろう。


 あれは何か特殊なスキルだったのか? そう言って貰った方がありがたい。どこででも手に入るスキルだと言うなら、スキル屋で金を払って手に入れれば良い話だし、リットーさん特有のスキルやギフトだと言うなら、諦めがつく。


「あれは私のギフトだ!」


 リットーさんの答えに、ジェイリスくんは明らかに消沈していた。


「が、君もハルアキも持つ、極ありふれたギフトだぞ!」



 こうしてジェイリスくんとなぜか俺は、ベフメ家の大広間に集められ、冒頭のマスクを被せられたのだ。


 トントンと誰かが肩を叩いたのに気付き、俺はマスクを外した。


「ぷはっ。なんですかこれ? 目も見えなければ音も聞こえない。更には匂いも感じませんでしたよ?」


「ああ! そう言う風に作られているマスクだからな!」


 と眼前のリットーさんはニッカリと笑い、俺の横で同じくマスクを被るジェイリスくんの肩を叩く。ジェイリスくんもマスクを外すと、俺と同じ感想を漏らしていた。


 大広間には俺たち以外にもバヨネッタさんやオルさんにアンリさんにミデン、ベフメ伯爵やドイさんなんかがいる。俺たち以外見学だけど。


「二人が感じたように、そのマスクは五感のうち、視覚、聴覚、嗅覚、更には味覚までを完全に遮断するものだ! なぜか分かるか!」


「この四つを捨てて触覚に意識を集中させる事で、皮膚感覚で相手の居場所を探る為でしょうか?」


「違う!」


 とジェイリスくんの意見を斬って捨てるリットーさん。違うのか。俺もそうだと思った。


「いいか! ギフトと言うと、私の『英雄運』やハルアキの『野生の勘』のように常人が持たない特殊なものを想像しがちだが、人間には生まれ持った基本ギフトと言うものが備わっている場合が多い!」


 基本ギフト?


「それは五感と五体だ!」


 成程。この世界では五感や五体も神様からの贈り物なのか。


「世の中にはこれらを持ち合わせて生まれてくる者が多いが、知っての通り、少ない者、また、多い者も存在する!」


 確かにな。目が見えない人や片足のない人はなんかは見掛ける。その逆ってなんだ? 耳が異常に良いとか? アルーヴがそうかも? 手が四本あるとか? ああ、そう言えばオルさんが前に、神様は指の本数が六本だとか言っていたような。少し形が違う人種はいるのかも知れない。


「それらが基本ギフトだと言う事は理解しました。それで、この訓練はどのようなものなのでしょうか?」


 ジェイリスくんがぐいぐい質問していく。余程リットーさんの御業を習得したいらしい。


「ふむ。この五感と言うギフトは実は統合する事が可能なのだ!」


 統合? ああ、そう言う事か。


「ハルアキは何となく思い当たったようだな!」


 とリットーさんに言われ、ジェイリスくんの視線がこちらに向けられる。なんか睨んでません? まあ、良いけど。


「もしかして、共感覚ですか?」


「そうだ!」


 当たりだったらしい。


「共感覚?」


 初耳だったらしく、ジェイリスくんが首を傾げてこちらを見遣る。


「ああ。世の中には音楽を聴いて色を思い浮かべたり、文字を見るだけで色が付いて見えたりする、特殊な感覚の持ち主がいるんだよ」


「へえ。つまり、今からこのマスクを被ってやる訓練は、その共感覚を得る為の訓練って事か?」


「正解だ!」


 俺とジェイリスくんで話していたところに、リットーさんか大声で入ってきたので、ビクッとしてしまった。まあ、正解らしい。


「つまり、触覚だけの状態にする事で他の感覚を封じ、触覚の感度を上げるのではなく、触覚の中に共感覚を芽生えさせ、肌で物を見て、聴いて、嗅いで、味わう! その感覚を身に着ける訓練だ!」


 そんな事出来るのだろうか? 疑わしい。


「疑わしい! そう思っているな! ハルアキ!」


 当てられた! 逆にリットーさんの勘が鋭いだけな気がしてきた。


「勘が鋭いだけじゃない!」


 全否定はしないんだ。


「ジェイリス! 武術操体は分かるな!」


 武術操体? その言葉を知らないのだが?


「はい。武術操体とは、武術によって身体を鍛える事で、身体を自在に操縦出来るようにする事です」


 へえ、そうなんだ。


「うむ。この武術操体と言うものが、五体における統合だ! 武術を通して身体の動きを統合させ、戦場に置いて無駄な動きを排除! 効率的な身体操作を可能とさせる!」


 なんか日本の古武術とか中国拳法に通じそうな理論だな。


「この、共感覚を得る! と言う訓練は、武術操体の五感版だと理解すれば良い!」


「成程!」


 とジェイリスくんは理解出来たようだ。俺も理解は出来た。が、この訓練に俺が含まれている事に納得はしていない。


「良し! では始めるぞ!」


「え? もう始めるんですか?」


 俺は心の準備が全く出来ていないのだが、横ではジェイリスくんが普通にマスクを被って、剣を構えている。つまりはあのマスクを被った状態でリットーさんと戦うのか? 嫌過ぎる。


「おう! そうだったな!」


 とリットーさんは後ろを振り返ると、


「魔女殿! 結界を頼む!」


 とニヤニヤ笑っているバヨネッタさんに、俺たちを囲む結界を張って貰った。


「これで心置きなく戦えるな! ハルアキは武術操体も不十分のようだからな! 厳しい訓練になるが覚悟しろよ!」


 覚悟なんてしたくないよ!

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