第365話 財宝の魔女

「もう、いきなり来ないでくださいよ」


 俺は円卓に並べられたエビチリを取り皿に移しながら、それとなくバヨネッタさんに注意を促す。あーだこーだと悩んだ挙げ句、俺とバヨネッタさんは個室のある中華料理店へとやって来ていた。


「あなたたちが騒ぎ過ぎなのよ」


 言いながらバヨネッタさんは油淋鶏を頬張る。全くこの人は、まるで反省していない。


 何があったのか端的に言えば、俺がどこで食事をするかあれこれ悩んでいるうちに、痺れを切らしたバヨネッタさんが、研究所に乗り込んできたのだ。オルさんの魔法・スキル対策陣相手に、転移扉で強引に侵入してきたのである。そりゃあ研究所に走った衝撃は凄まじかった。


 突然けたたましく鳴り響くサイレンに、魔法科学研究所は直ぐ様緊急事態態勢へと移行。非戦闘員は地下シェルターへと避難し、隣接される自衛隊基地から自衛隊員が駆け付ける事態となった。これだけ騒がせておいて、当の本人はケロッとしているのだから、文句を言うこちらの気勢も削がれると言うものだ。


「この国では八十年ぶりの戦争ですから、これでも結構気が立っているんです。前回の戦争の経験者はいませんし、異世界との戦時マニュアルなんてあるはずもないですから」


「嘘でしょ!? 八十年も戦争してない国なんて存在するの!?」


 めっちゃ驚いているな。ひたすら油淋鶏を口に運んでいた手が止まった。


「自衛隊の海外派遣はありましたけど、後方支援や戦後復興が主な活動でしたしね」


 いや、そんな思い切り眉間にシワを寄せられても困るんですけど。


「日本の軍は普段何をしているの?」


「災害派遣ですかね。地震や台風、水害などで大規模な被害が出た時に、派遣される事がほとんどだと思います」


「へえ。それは軍と言えるの?」


「軍ではなく自衛隊ですから。この国は八十年前の戦争で軍が解体されて、以来、軍を所持していないので。憲法9条でも、国際紛争の解決手段としての武力放棄を謳っていますし」


「…………どうかしている国なのね」


「あはははは」


 まあ、今回の戦いはその限りではない。となるだろうなあ。これに負ければ国家解体どころか、地球人類滅亡だもんなあ。後方支援に徹するなんて言っていられない。使える武力を出し惜しみして勝てる相手じゃないのだから。それでも国会中継では、与党野党が入り乱れて、今度の戦いで日本はどんな役目を果たすべきか、日夜議論されている。


「しっかし、そんなに良いスキルだったんですか?」


 餡かけ海鮮チャーハンを食べながら尋ねる。


「それもあるけれど、あそこ居心地が悪かったのよ」


 居心地、ねえ。バヨネッタさんが言っている『あそこ』とは自衛隊の詰め所の事だろう。日本にある全ての天賦の塔は、日本政府の管轄なので、天賦の塔がある敷地は自衛隊の演習場と言う事になっている。俺が迎えに行くまで、その演習場の詰め所で待っているつもりだったのだろうけど、居心地悪かったのか。


「誰も彼も、値踏みするように私を遠巻きに見てくるのよ。自分たちは国を守る存在だと言う自負でもあるんでしょうね、私がどれ程のものか知りたそうだったわ。でもプライドが許さなかったのかしらね、何かを尋ねてくる事はないのだけれど、その分視線が集まって、おしりがムズムズしたわ」


 想像は出来るな。自衛隊からしたら、バヨネッタさんは戦術兵器と同じだろうし。一目置く存在であると同時に、警戒しないといけない存在でもあるだろうからなあ。オルドランド西部で、賊に落ちたムチーノ侯爵相手に大暴れしたのは、一部の自衛隊員たちの間では語り草になっているらしいし。俺もサリィで経験があるけど、尊敬や畏怖の視線を向けられると言うのは、何とも座り心地が悪いものだ。


「その点、ここの学者たちは馬鹿みたいに真っ直ぐな視線で、あけすけに物事を聞いてくるでしょう? そっちの方が気が楽だと思ってこっちに来たのよ」


「はあ。とは言え、敷地内への不法侵入は犯罪に当たるので、今後はやめてくださいね」


「…………分かったわ」


 本当に分かっているのかな? ああ、これ系は武田さんとタカシにも通告しておかないとなあ。下手にどこかの敷地に入り込んだら、犯罪者として刑務所行きだ。武田さんは大丈夫か? いや、武田さんの方が怪しいかも知れない。まあ、今考えても仕方ないか。


「それで、どんなスキルだったんですか?」


 話が逸れまくってしまったが、この場の本題はこれだろう。


「『金剛』と『黄金化』よ」


 ふふん。と胸を張るバヨネッタさん。余程嬉しかったのだろうが、得意げなその姿はどこか可愛らしい。とは言え、


「どっちも聞いた事ないので、どんなスキルなのかワカラナイんですけど」


 尋ねたら、「はあ」と嘆息された。


「『金剛』はこれよ」


 言ってバヨネッタさんがギュッと握った手から現れたのは、ゴロゴロとした透明度の高い無数の宝石。あの色合いからすると、


「ダイヤモンドですか」


 俺の答えに、バヨネッタさんは満足そうに首肯する。成程、金剛石か。あれ? 金剛石の金剛って仏教用語じゃなかったっけ? まあ、最も硬い金属って意味だし、ダイヤモンドの語源になったアダマスも、征服出来ないとか屈しない、みたいな意味だし。


「金剛とは『不屈にして最上』と言う意味を持つのよ」


 どうやら俺の反応が悪かったせいで、バヨネッタさんは不満顔だ。


「いえ、バヨネッタさんって、ただの宝石にはあまり価値を見出していないんじゃ?」


 なんて事を口にしたら、また嘆息された。


「ハルアキ、あなたダイヤモンドが何で出来ているか知らないの?」


「! 成程。そのスキル、炭素を操るんですね?」


「そう言う事よ。この『金剛』と言うスキルは、炭素原子を生成し操作するの。何と言ったかしら? グラフェン? カーボンナノチューブ? まあ、そう言うのも可能と言う事よ」


 言ってバヨネッタさんは己の右手を光沢のある黒に染める。そうか人間は有機生命体だ。有機と言うのは炭素を有している事を指す。つまり全身を炭素と言う強素材に変化可能になったのか。


「でもバヨネッタさん前衛タイプじゃないですよね?」


「今のは単なるパフォーマンスよ。こんな事も出来るってだけ。本番はもう一つのスキルとの組み合わせよ」


 もう一つと言うと、『黄金化』か。スキル名が『黄金』なら魔力の物質化で黄金を作り出すのだろうけど、わざわざ『黄金化』って名付ける意味あるのか?


「『黄金化』のスキルは、私の魔力の届く範囲の物質を黄金に変えると言う能力なの。しかもこのスキルによって生み出された黄金は、私の意思で自在に操る事が可能なのよ」


 へえ。言ってバヨネッタさんは食べ終わった油淋鶏の皿を、黄金へと変えてしまう。ギリシャ神話のミダス王みたいな能力だな。でもこれ、店に怒られるかなあ? でも金に変えているしなあ。後で謝まろう。


「言っても、金って金属の中では一番と言って良いぐらい柔らかいですよね?」


 だがバヨネッタさんからしたら、これは予想的中だったのだろう。口角がニヤリと上がる。そこで俺は気付かされた。


「成程、『金剛』ですね?」


「そうよ。金と炭素の合金はまさに柔剛兼ね備えた素晴らしい素材でね。単純な強度で言えば、ガイツクールに匹敵するのよ」


 それは凄いな。まあ単純に、ではだろうけど。何せ金もカーボンナノチューブも電気の伝導率が高いみたいだし。弱点は電気かな? 熱もか?


「これだけでも良素材なのに、この金炭素合金は、魔力の伝導率も高いの」


「魔力の伝導率、ですか?」


 そこは盲点だったな。異世界人らしい視点だ。


「だから私はこの素材を持って、明日ゴルードのところへ行ってくるわ」


「ゴルードさんのところへですか?」


「ええ! この新素材でトゥインクルステッキとナイトアマリリスをバージョンアップして貰うのよ!」


 うっわあ、えっぐい事考えるなあ。そりゃあウッキウキにもなるよなあ。


「ふっふっふっ、名前どうしようかしら? トゥインクルステッキ改? それとも真トゥインクルステッキかしら? シャイニングステッキもありよねえ」


 何かぶつぶつ独り言を話し始めたなあ。そして時たま「ふっふっふっ」と笑うのだ。なんだかなあ。


「黄金の輝きの事を、英語でゴールデングリッターと言うらしいですよ」


 せっかくなので、更に余計な事を吹き込んでみる。


「へえ、それも良いわね。ふっふっふっ」


 何が良いのか分からないが、楽しそうで何よりである。まあ、この後は何事もなく解散だろうけど。

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