第553話 カンショウ
「うおおおおおお!!」
映画館で拍手喝采が巻き起こっている。何故?
なんだかんだと十を超えていた安全地帯の町に滞在していた他国の使者たちは半分以下に減少し、現在安全地帯の町の会議に参加しているのは五ヶ国となった。ジオの話では一つの国を除いて、ブーギーラグナの支配地域ではどこも小国であるらしく、それ故にカヌスとの繋がりを持つ事で他の大国からの侵略に抵抗する狙いがあるらしい。大国はカヌスと繋がりを持たなくても自国だけでやっていけるから、『記録』持ちである俺がいる、この安全地帯の町と対等な付き合いをしていく旨味がないので手を引いた形だ。
「では、この調印により、正式に国交の樹立を認める事とします」
各国の使者たちが持ってきた書類に、俺が目を通し、書類に不備がないか確認した後、ジオがサインする。これで長きに渡った各国とのやり取りも一段落し、ここに安全地帯の町を含めた六領地同盟が成立した。
「やっと終わった〜」
調印式が終わり、執務室に戻った俺は、ぐったりと執務室の椅子にもたれかかる。明日からは各国で町の運営に従事していた魔物がやって来て、この町の発展を手伝ってくれる算段となっている。それに伴い、五ヶ国から副町長、いや、助役だったかな? が送り込まれてくる事になったので、俺もお役御免。晴れて町役場を退職する事となった。
「これでやっと自分の事に専念出来る」
『有頂天』に入る為の『超集中』はまだ不安定だし、レベルも五十まで上げなければならないし、カヌスからエキストラフィールドで特別なクエストをクリアしろ。との課題も出されている。それを二の次にしてこの町の発展に努めていたのだから、何かしら恩恵が欲しいところだけど、魔王にそれを上申する勇気はない。
「お疲れ様でした」
俺に気を使ってか、オブロさんがお茶を出してくれた。
「オブロさんもお疲れ様。いや、本当にご苦労様でした。あんな上位の魔物たちの巣窟で、書紀係をするの大変だったでしょう」
お茶をすすりながら、互いに顔を見合わす。俺の言にオブロさんは苦笑いだ。きっと俺も同じような顔をしているだろう。
「でもオブロさんはこれからも大変だよねえ。明日にはお俺の後釜となる助役の秘書にならないといけない訳だし」
「そうですね。どのような方が来られるのか分かりませんが、ハルアキ様より御し易い方だと嬉しいですね」
「どう言う意味かなあ?」
そこのところ深く突っ込んで聞きたいね。
「ハルアキ様は人間でありながら、この町の発展に寄与してくださり、その点ではとても嬉しく思っているのですが、ボッサムに始まり、他の国の使者たちともバチバチにやり合っていたので、それを間近で見せられるこちらからしたら、気が気じゃありませんでしたよ」
それは悪うございました。そうは言っても、それってボッサムや他国の使者たちが自国に有利に動いていたのが原因なんだから、俺に否はなくない? まあ、自国に有利に動くのは当然だけど。こちらとしても食い物にされる気はないわけで。
「う〜ん。結論。俺は悪くない」
「そうですか」
亡霊に溜息を吐かれてしまった。
「まあ、無駄話はこれくらいにして、さっさと今日の仕事を片付けちゃおう。夜には六領地同盟の結成を記念して、ちょっとしたパーティがある訳だし」
これに承諾したオブロさんとともに、俺たちはこの日の仕事、主に後任の助役たちへの引き継ぎ用の書類作成に従事したのだった。
その日の夜━━。俺たちがまずやって来たのは映画館だった。町の右上地区はすっかり繁華街として出来上がっていた。闘技場から町の右中央辺りにあるカジノへ向かって大通りが出来ており、その両脇を様々な店舗が軒を連ねている。その一つが映画館だ。映画と言うものに触れてこなかったカヌスのところのアンデッドたちや、五ヶ国の魔物たちを招いて、こけら落とし上映が行われるのだ。
「不安そうですね」
それなりの付き合いとなったオブロさんが、映画館のVIP席に腰掛ける俺の隣りで、小声で語り掛けてきた。
「まあ、そうだねえ。仲間の一人が軽い気持ちで提案したものが、こんな大々的なお披露目会になるとは思っていなかったからねえ。そして何より映画はオブロさんたちからしたら異世界語で展開する物語だ。登場人物が何を言っているのか分からない物語を、延々と観せられるのは苦痛だろう?」
「ああ、それは確かに苦痛かも知れません」
俺の言に同意を示してくれるオブロさん。この件を提案した武田さんは、「俺に任せろ」の一点張りで、映画館の設計図の提出だけでは飽き足らず、どんなものを放映するのかまで関わり、今日まで俺にも映画の内容を秘匿にしてきた。どうやら余程自信があるらしいが、何を放映してもドンずべりする未来しか思い浮かばない。そして、
「はあ……」
VIP席に座っているのは、もちろん俺とオブロさんだけではない。周りにはジオもいれば五ヶ国の使者もいる。それに加えて、各国から重鎮たちが招待されており、特にあのアートにこだわりのある国からは多くの魔物たちがやって来ており、このアートの国が五ヶ国で最大の国なので、本当につまらない映画を観せては、今後のこの町の運営方針に関わってくるのだ。更に、
「何故、おられるのでしょう」
「丁度ゲームが一段落して、休憩しようとしていたところだったんだ」
俺の横に座るカヌスが、映画館と言ったらこれだろう。と武田さんが用意したポップコーンを頬張りながら、そんな事を口にしている。ああ、うう、胃が痛い。
俺の懸念などまるで意に介さないかのように、定時となった映画館内は暗くなり、ざわついていた館内は自然と静まり、皆の目がスクリーンへと向けられる。はてさて一体武田さんはどんな映画を上映するつもりやら。
「いやあ、映画と言うのはとても面白いものですなあ!」
映画館のこけら落とし上映の後、VIP席の面々らは迎賓館へと場所を移し、そこで六領地同盟のパーティが開催されたのだが、話題は今後の六領地同盟をどのように進めていくかではなく、先程上映された映画に関してばかりだ。特にと言うか、やはりと言うか、アートの国の魔物たちがあーだこーだと興奮して話をしている。
そんな客人たちの姿を、俺はパーティ会場の壁に背を預けながら安堵の気持ちとともに眺めていた。
「良かったですね、映画が受けて」
そんな俺の元に寄って来たのは、オブロさんと仕掛け人の武田さんだ。
「本当に。俺は静まり返るなり、つまらな過ぎて帰る人が出てくるんじゃないかと冷や冷やしていましたよ」
「そんなの流す訳ないだろ」
武田さんが、心外だ。と言わんばかりに顔をしかめる。まあ、誰だって、自分が面白い。と思ったものを他人に薦めるものだけど、それが他人に刺さるかは別問題だからなあ。武田さんってどっちかと言うと、サブカルとかニッチな方向の人だと思っていたから、大衆受けするかどうか怪しかったんだよねえ。でも、
「思い切りましたねえ、まさかインド映画でくるとは思いませんでしたよ」
「まあな。グッドチョイスだったろ? あの音楽にダンスを観れば、誰だって自然と踊りだしたくなるってもんだよ」
そう、武田さんが映画館の初上映に選んだのは、インド映画だったのだ。そう言う意味では、斜め上で武田さんのチョイスらしかった。そして武田さんの読みは大当たりし、観客たちは映画の内容は分からなかっただろうが、音楽とダンスに興奮して、一般客なんかは帰り道で踊っていたり、映画の興奮が忘れられなかったのか、直ぐ様次の上映を観る為に映画館の入り口に並ぶ程にだった。
「他のチョイスもミュージカル系にしてあるから、言葉が分からなくても楽しめると思うぞ」
やるなあ、武田さん。こう言う方向なら、魔物たちにも受け入れられるだろう。それにアートの国の魔物たちから、映画と言うのはどのように撮影するのか。と尋ねられたりしたから、オルさん式の撮影魔導具の作り方やら何やら教えておいた。あの国の魔物たちなら自分たちで映画を作り上げるだろう。それが日の目を見るようになるのがいつになるかは分からないけれど。
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