第397話 干渉

「え? ベナ草って、人のいるところでは育たないんじゃありませんでしたっけ?」


「ああ。畑では育たない植物だからねえ。でも、ほぼ自然と変わらない環境を作り出せば、育てられなくはないんだよ」


「ほぼ自然と変わらない環境を作り出す?」


 オルさんの発言に対して、俺は思わずオウム返ししていた。


「サンドボックスさ。あれなら様々な環境を作り出せるからねえ。丁度今は使っていなかったから、自然環境を再現して、ベナ草と『清塩』のシナジー効果の実験中だよ」


 わあ、凄いなあ。まあ、ベナ草もポーションも、ないよりあった方が良いもんなあ。


「どうやら『清塩』単体だと、ベナ草とのシナジー効果でベナ草が活性化してウイルスに打ち勝つかたちだけど、『清塩』+『ドブさらい』だと、ウイルスが死滅するので、今後は、より効果の高いそっちでやっていきたいねえ」


 成程ねえ。


「塩ですけど、他の植物が育たなくなったりしないんですか?」


「そこら辺は今後の研究次第かな。どのくらいの量なら自然環境に問題ないか実験して、結果が出たら向こうの世界で盛大にばら撒く事になるだろうから、ハルアキくんは、今のうちから大量に『清塩』を生成しておいた方が良いよ」


「あ、はい」


 うう、向こうの世界で盛大にって、向こうの世界だって、地球と同じくらい大きいんですけど? ああ、駄目だ。話題変えよう。


「ブラフマーなんですけど……」


 俺がその名を出した途端に、全員が頭を抱えた。


「何なのよ、その化け物は」


 いや、俺を睨まないでくださいバヨネッタさん。


「化け物じゃなくて神様ですけどね。主にインドと言う国を中心に信仰されている主神の一柱です」


「なんで神様相手にしなくちゃいけないのよ」


 また睨む。


「バァもひでりがみですけどね」


「バァとの戦いは、向こうの世界の歴史と言っても過言ではないが、そのブラフマーと言う神とは初対決だな」


 とはゼラン仙者。そうなんだ。それでなんでブラフマーは今回表舞台に出てきたのだろうか。まあ、自分で言っていたように本物じゃない可能性もあるから、もしかしたらトモノリみたいな、今回初めて魔王になった人間なのかも知れないけど。


「それにしても、『抹消』ねえ。本当なのよね?」


 俺に視線を向けるバヨネッタさん。これで何度目だろうか。そりゃあ疑いたくもなるだろう。すぐ側に知り合いがいました。でもその人物はご先祖様を一人抹消された事で、いなかった事とされたのです。証拠はありません。なんて話、俺だって他人から聞かされたら信じられない。


「理屈としては分かっているのよ。でも、記憶にいなかった者を、いたんだ。信じて欲しい。と言われても、私からしたら、ハルアキの脳を心配してしまうわ。もしくは何かしらのスキルによって幻術か何かに掛けられているんじゃないかと」


 バヨネッタさんの言葉に、俺はどう反応すれば良かったのか。俺の顔を見るバヨネッタさんの顔は、段々と申し訳なさそうな顔へと変わっていった。こっちの方がなんだが申し訳ない気持ちになる。


「しかし、『抹消』か。初めて視たスキルだったな」


 とは武田さん。『空識』を持つ武田さんでも見た事も聞いた事もないスキルか。


「どんなスキルだったんですか?」


 あの場にいた武田さんなら、『空識』で看破出来ていたんじゃなかろうか。しかし武田さんは首を横に振るう。


「レベル差があったからな。『抹消』とそれ以外に複数個のスキルを所有している事しか分からなかった」


 レベル差か。織田信長が『信仰』のスキルを持っているのだから、魔王がレベルを上げるのは簡単だっただろう。


「とりあえず、俺がブラフマーから直接聞いた話では、『対象をこの世から完全に抹消する』スキルだそうです」


「そんなの、『世界』に対して使われたら一発でお終いじゃない」


 バヨネッタさんの言葉にぐうの音も出ないが、


「流石にそれは無理だろう。消費魔力が多過ぎる。魔力の消費量と効果範囲を考えると、人ひとり消すだけでも、魔力が空になるぞ」


 とゼラン仙者が反論する。まあ、確かに『抹消』で世界を改竄出来るのなら、ブラフマー一人で事足りるもんなあ。


「使用に制約があるって事ですか?」


 俺の問いにゼラン仙者が首肯する。バァの『疫種』も一生に一度と言う制約付きだもんなあ。そこまでの制限ではないにしても、何かしら条件はありそうだ。例えば、


「そう言えばブラフマーは、自分の事を過去を司る神だと言っていました」


「成程、『抹消』が使えるのは過去に対してだけ。と言う訳ね」


 バヨネッタさんの言に俺は首肯する。それならば現代を生きる小太郎くんたちではなく、過去に遡ってジゲン仙者を抹消したのにも頷ける。


「それは確かに当たっているだろうが、それだとどこからを過去と定めるかが問題になってくるな。一秒後には全て過去だからな」


 ゼラン仙者の言葉に納得してしまった。う〜む。どこからが過去か。


「死んだ人の事を、過去の人って言うよなあ」


 とぼそりと呟いたのはタカシだ。皆の視線がタカシに集まった。


「それはあり得る話だな。生者には未来がある。だが死者にはそれがない。『抹消』が未来のあるものに干渉出来ないならば、それは強力な制約として成立するだろう」


 ゼラン仙者の発言に、タカシ以外が首肯する。なんで自分で言っておいて、タカシだけ分かっていないんだよ。


「まあ、それも憶測の域を出ないわね。何か他の制約かも知れないし、制約なんてそもそもないのかも知れないもの」


 バヨネッタさんの言葉に、俺たちは気を引き締め直した。そうだ。武田さんの言では、ブラフマーを語る魔王は、まだ複数個のスキルを持っているらしい。そのスキルの組み合わせ次第で制約なんてどうとでもなるだろう。


 魔王との戦いが今後更に苛烈になるだろう現実に、この場の誰もが溜息を吐かずにはいられなかった。

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