6球目 頭の回転が止まらない

 俺の前をチーター獣人と野球少女が歩いている。さっきの100メートル走対決の熱気と違い、学校の廊下は寝ているように静まり返っている。



「ホンマのチーターはおとなしいのが多いんやって。うちの母さん、ばあちゃんもそうなんやけど、ナメられたらアカン思うて、凶暴なフリしてたやん」


「へぇー、そうなんですか。めっちゃ勉強なりますね」



 千井田ちいださんは去勢されたネコみたいにおとなしくなった。そのせいか、ちょっとだけ可愛さが上がっている。とは言え、津灯つとうには勝てない。野球が絡んでなかったら、絶対に俺が好きなキュート属性の若手女優顔なのに……。



「おっ、着いた。ここに浜甲はまこうで一番賢い生徒がおるよ」



 彼女が指さしたのはコンピュータ室だ。パソコン関係の部活なら、頭が良い人に期待できる。



「何で頭ええ人を勧誘かんゆうしに来たん?」


「野球では、捕手キャッチャーと言って、チームの守備陣形を変えたり、投手ピッチャーの投げる球を指示したりするポジションがあるんです。そういう所は、賢い子が守らんとね、水宮君?」



 彼女が流れ星のウインクをしてくる。俺は「まぁな」とテキトーな返事をしておく。キャッチャーに関しては覚えることが多いので、経験者が望ましいと思うがな。



「それじゃ、失礼しまーす」



 俺達がドアを開けても、部員の誰も反応しない。彼らはパソコンに複雑怪奇ふくざつかいきな文字を打ち込んでいる。これがプログラミングってやつか?



東代とうだい様、ここの動作が重いんですけど……」



 丸メガネの男が手を挙げて言う。



「オー、十段目のコード指定がミスってますね。正しいコードをインプットします」



 東代とうだいと呼ばれた男が数回キーボードを叩けば、丸メガネ君の顔が晴れ上がる。丸メガネ君は「ありがとうございます」と、仏様を拝むように、手をすり合わせて感謝していた。



「あなたが東代とうだい君ね」


「イエス、マイネームです。何の御用ですか?」



 東代とうだいは灰色のほうき髪と左の片眼鏡モノクルで、科学者風の見た目だ。ネイティブっぽい英語の発音が、少し耳ざわりだな。



「ベースボールを一緒にプレイしない?」



 東代は片眼鏡モノクルを何度も上下に動かして考え込む。



「ウェル、私はアメリカンライフに飽きて、ジャパンにやって来ました。ジャパンの作品に出てくる“アオハル”を体感するためです。このパソコン研究会はインタレスティング面白いと思いますが、コーコーヤキューはそれ以上なのですか?」


「ベリィベリィインタレスティングよ。口で言ってもわからないと思うから、一緒にボールパークに来てくれる?」



 津灯つとうもまぁまぁ英語の発音いいよな。千井田ちいださんは口をОオーの形にして、IQの高い(?)会話を聞き入っている。



「OK。皆さん、待っててください」



 東代とうだいが席を立つと、他の部員全員が起立して手を振り始める。



東代とうだい様、お疲れ様です!」



 全部員に「様」づけで呼ばれるとは、かなりの大物だ。さぞかし凄い実績を積まれたのだろう。もうちょい俺も頭が良ければなぁ……。



(水宮入部まであと7人)


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