220球目 馬の呼吸はすぐに真似できない

 中学時代の豊武とよたけは800m・1000m・1500m走で全国1位になった中距離のスペシャリストだ。400m走なら、瞬発力のある大縞おおしまに分があるように思える。



 しかし、大縞おおしまはプレッシャーに弱く、チャンスの場面で凡退することが多い。超大物の入部を賭けた勝負に乗り気でなかった。



「どうしても、俺やないとアカンのか。夢見ゆめみ名護屋なごやはどないや?」


「一番速い大縞おおしまがやらんという選択肢せんたくしはないよ。グフフフフ」


「そうだなー」



 安仁目あにめ夢見ゆめみに追い込まれた大縞おおしまはヤケクソになり、唐揚げを全て口の中へ入れて、天に向かって吠える。



「ウオオオオン! やっちゃるわ! 1年に負けへんぞ!」



 400m走序盤は、大縞おおしまがロケットスタートを切り、豊武とよたけを引き離す。しかし、200m付近で彼は息切れし、豊武とよたけに追いつかれてしまった。



 大縞おおしまは口を開けて、舌を出して、荒い呼吸を続ける。脳に酸素が届かない感覚に襲われる。



「馬の呼吸をするんやぁ!」



 グラウンドに来ていたあゆむ監督が、大声で彼にアドバイスしてきた。



 大縞おおしまは隣の豊武とよたけをよく観察する。走るたびに馬の鼻の穴が開閉を繰り返し、口はずっと閉じたままである。



 大縞おおしまは口を真一文字に結び、鼻だけで呼吸し始める。最初は苦しかったが、次第に慣れてきて、豊武とよたけとの並走を続ける。



「頑張れ、頑張れ、犬縞いぬしま!」


犬縞いぬしまさーん、頑張ってね❤」



 名字を間違えられることにイラだってきた大縞おおしまの脚が加速する。ゴール直前で豊武とよたけを人2人分ほど引き離す。そのままゴールインした。



「クッソ―。この俺様が負けるなんて」



 豊武とよたけはひざをついて悔しがる。



「野球は俺や君より凄い奴がいっぱいおるで。うちに入って、どんどん強くなろう」



 大縞おおしまは彼女に手を差しのべて、低いイケボで喋る。



「わかりました、大縞おおしまさん」


「そこは犬縞いぬしまと間違えなくっちゃあ!」


柳内やぎうちぃ! 先輩の名前をワザと間違えた罰で、グラウンド50週や!」


「ひいい! これってパワハラですよー。そうやんね、監督?」



 柳内やぎうちは監督に助けを求めたが、「妥当じゃ」と一声で切り捨てられた。柳内やぎうちは泣く泣くグラウンドを走り始める。



※※※



「じいちゃん起きてやー。2回から全くヒット出てへんよー」



 灰地はいじが監督を揺り動かす。80歳を超えるあゆむ遠志おんじは試合中に眠りがちだ。



「フワァ。うん?」



 監督は寝ぼけなまこをこすりながら、スコアボードを見る。



「ヒットを打つにはどうしたらええか、アドバイスしてやってやー」


「おーう。大縞おおしまぁ。ボールをしばけ、叩けー!!」



 急に応援団より大きな声を出してきたので、ベンチの部員はすぐに耳をふさぐ。大縞おおしまは深々と力強くうなずく。



「わかりました。ボールを叩きつけてきます!」



 大縞おおしまは尻尾を激しく振りながら、打席へ向かう。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る