10球目 君が好きだと叫べない

 3人目の入部者・東代とうだいはパソ研に戻ったので、俺ら3人は体育館へ向かう。千井田ちいださんは人の姿に戻り、廊下ですれ違う人にほがらかにあいさつしている。あいさつされた人は皆、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せる。



「お次は誰をゲットするつもりだ?」


「今度は野球経験のあるスターを獲りに行くよ」


「ひょっとして、バスケ部の山科やましな先輩と違うん?」


「あったりー。千井田ちいださんは山科やましな先輩としゃべったことあります?」



 急に千井田ちいださんは足を止めて、目覚まし時計みたいに激しく震え始める。歯をカタカタ鳴らして顔が青い。



「うわー、思い出すだけで寒気するやん。人のことを子猫ちゃん呼ばわりして、無駄にキラキラ光って、カー、気持ち悪ぅ!」



 何となく、少女漫画のイケメンキャラが思い浮かんだ。



※※※



 体育館の扉を開けば、男子バスケ部員が声を上げて練習している。ボールを受け取れば、数人の敵をかわして、ダンクシュートを決めた部員がいる。その部員の顔は、男性アイドルグループにいそうな爽やかな顔立ちだ。さらに、他の部員より頭一つ出た長身で、細マッチョという恵体けいたいぶり。俺に5㎝ぐらい身長を分けてほしい。



 彼は出入り口の俺たちに気づくと、さっきの練習より猛ダッシュで近寄って来る。瞳をハートの形にして、千井田ちいださんと津灯つとうを見る。



「おっ! この前の子猫ちゃんじゃないかぁ! 友達のうさちゃんも連れて来たんやね」



 案の定、千井田ちいださんは鳥肌ならぬチーター肌が浮き出て、必死に顔をそむけている。一方の津灯つとうは林のごとく落ち着き払っている。



「あのぉ、山科やましな先輩! 再び野球やりませんか?」



 山科やましなさんはムスッとした顔で首を横に振る。



「やだね。一昨年の4月ならともかく、全日本の合宿に呼ばれた僕がバスケ辞めて、野球やるなんてありえへん。そんなことやったら、僕のファンが悲しんじゃうよ」



 山科やましなさんがあごでしゃくった先に、チアリーディング姿の女子3人がいる。彼女達のユニフォームの胸には、時久ときひさLOVEと赤い刺しゅうがほどこされている。



「逆に、君がバスケ部においでや。僕と一緒に全国行こ?」


「ごめんなさい。あたしは野球一筋なんで」



 山科やましなさんの甘い誘惑をはねのける。彼はうすら笑いを浮かべながら、バスケのボールを人差し指で回し始める。



「ならば、僕の野球部入りか、君の山科やましなファンクラブ入りを決める勝負をしよう。フリースロー対決、先に外したら負けってのはどうかな?」



 津灯つとうは「いいですよ」と、山科やましなさんのボールを奪い取る。山科やましなさんの瞳は炎の模様になり、津灯つとうの目と火花をバチバチにかわした。



(水宮入部まであと6人)

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