9球目 津灯のフォームは女投げじゃない

 津灯つとうがマウンドに上がり、俺がキャッチャーをすることになった。つま先立ちはキツイので、体育座りでミットを構える。果たして、彼女はどんなボールを投げるのだろうか。



「ミス・ツト―は75マイルでしょう。正しく持ちますか」



 東代とうだいはバットを立てて長く持ち始める。



千井田ちいださん、ボールをゴロ、こっちに転がしてくださーい」



 彼女は三塁付近にいる千井田ちいださんにボールを投げる。千井田ちいださんはボールを口でキャッチしたため、体操着でボールを拭いた。



「キャッチャーからじゃなくて、三塁手サードからの送球でいいのか?」


「うん。ショートゴロを一塁手ファーストへ送球するイメージで投げるから」



 彼女の本職が遊撃手ショートと判明した。さっきのキャッチボールでは、肩が強い印象はなかったが。



「お待たせやん。いくでー」



 千井田ちいださんがボーリング投げで、ボールを転がす。津灯つとうは腰を落としてボールをグローブに収めてから、上体を起こして、空気を切るようサイド横手から素早く投げる。



「いってぇ!」



 予想以上のスピードボールが来たので、思わず叫んでしまった。



「ホワイ? ミス・ツトーの方が、ミスター・ミズミヤよりスピードがありました。ミステリアスでーす!」


「あたしピッチャーやったことないから、スピードガンで計ってもうたことないんやけど、85マイルぐらい出とった?」



 彼女の送球は150キロぐらい出てたかもしれない。俺の左手全体が、静電気食らったかのごとく、しびれ続けている。この女、ただ者じゃない。



「エクセレント! とてもフェイバリットお気にいりですね、ここのベースボール」


「じゃあ、野球部に入ってくれる?」



 東代とうだいは「オフコース!」と、親指を立てて答える。千井田ちいださんは拍手、津灯つとうはマウンド上でバンザイしている。



 俺は気分がベリーバッドなので、野球場のフェンスを遠い目で見ている。一組の男女と視線が合う。カップルは俺に気づくと、そそくさと校舎へ走って行った。



 あー、俺も野球じゃなくって、あいつらみてぇな“アオハル”してぇー。



(水宮入部まであと6人)

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