8球目 ストレートは重力に逆らえない

 俺は津灯つとうと10球ぐらいキャッチボールしてからマウンドに立つ。かなり久しぶりだな、ここの感触。他の選手より高い所にいるのは、ピッチャーの特権だ。キャッチャーが女性でも、バッターが素人でも、手加減てかげんなしに投げさせてもらうぜ。



 ちなみに、千井田ちいださんは草むらで、スフィンクスみたいなポーズで俺達を見ている。未だにチーター姿だから、サバンナのしげみに隠れて、獲物を見定めている肉食獣に見えてしまう。



「っしゃあ、いくぞ!」



 俺はプレートに右足を置いて、セット・ポジションから投げる。左ヒザを胸まで上げ、うっ、へその辺りが限界だ。かなり体が硬くなってる。いや、構うもんか、「今」の全力で投げてやる。



「ヤキューブツブス」



 ん? 何か変な声が聞こえたぞ。構うもんかい、投げる!



 このグラウンド内の誰よりも高い位置から、ボールをリリースする。俺は神奈川かながわ県で十本の指に入る本格派ピッチャーだった。こんな勉強マンに打てるワケがない。



 俺の投げたボールは津灯つとうのミットの中に、グラウンド内に響き渡る音を立てて入る。



「ストライクっ!」



 東代とうだいは微動だにせず。俺のボールを見送った。逃げなかっただけでも大したもんだ。



「ウェル、81マイルぐらいです。ネクストは打ちます」


「81マイル?」



 俺が顔をしかめると、すかさず津灯つとうが「130キロ」と答えてくれる。東代とうだいの目視スピードガンが正しいかどうかはともかく、津灯つとうの頭のキレの良さにはオドロキだぜ。



 東代とうだいはバットを寝かして、バックスイングなしの構えをする。もしかして、黒いグリップに当てるつもりか?



「ミスター・ミズミヤ、カモンカモン!」


「おう。今度はバット振れよ」



 俺はコースを気にせず、ストレートを投げ込む。アウトコース(バッターから遠いコース)に入ったボールが、東代とうだいのバットに当たる!?



 打球はボテボテだが、ちょうど一塁と二塁の真ん中に転がっていく。守っている奴のレベルによっては、ヒットになる当たりだ。俺はマウンドに右ひざをつけて、小首をかしげる。



「ミスター・ミズミヤのストレート、私のスローなスイングではヒット出来ません。ソー、バックのスイングタイムをカットしたら、ヒット出来ました」



 確かに理屈は通るが、全く納得出来ねぇ。千井田ちいださんのように、こいつも何かしらの超能力を持っているんじゃ?



「これがコーコーヤキューなら、私にとってボーリング退屈です。ミス・ツトーにはソーリーですが、私はここで」



 東代とうだいがホームベースにバットを置いてため息を吐く。打たれたのは悔しいが、入部しないのは大歓迎だ。どうせ、俺は素人に打たれるレベルのヘボピーに成り下がったんだ。野球部は復活しなくていい。これで、ふんぎりがついたぜ。



 しかし、あきらめきれない津灯つとうは、キャッチャーマスクを取って叫ぶ。



「ストップ、ストップ! 次はあたしが投げる!」



(水宮入部まであと7人)

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