19球目 鬼でも笑わない

 赤鬼と化した番馬ばんばは、千手観音せんじゅかんのんに見間違えるほど、高速パンチを繰り出す。津灯つとうはのけぞりながら、パンチをよけて、バック転をして赤鬼から離れていく。



「このままやと逃げられる。おい、八百谷やおたに、手ぇ貸せや」


「ふわぁ、なにぃ?」



 草むらでうとうとしてたタヌキが、寝ぼけなまこをこする。キツネはタヌキの耳元で何かささやき、ニヤリと悪代官あくだいかんの笑みを浮かべる。2人は呪文を唱えると、黒い鉄パイプと金属バットに変身した。鉄パイプにキツネの尻尾、バットにタヌキの尻尾がついているが、見た目は問題ではない。



 彼らは尻尾を使ってぴょこぴょこ飛びながら、赤鬼の救援リリーフに向かう。こいつらは、山科やましなファンクラブより優秀そうだ。



 津灯つとうは公園の出口までたどり着く。彼女は息を切らして、左右どっちへ逃げようか迷っている。すると、彼女の背中に赤鬼の蹴りが入り、その場でうずくまってしまう。



「ガハハハハハハハ。もう終わりや」



 赤鬼の左手にはキツネの鉄パイプ、右手にはタヌキの金属バットが握られている。俺は腰が抜けたフリをして、「何してんだ? 早く逃げろ」と叫ぶ。



 赤鬼が「死ねぇ!」と、鉄パイプとバットを振り下ろす。俺は目をつむって音だけを聞く。



 無音。静寂。閑静。



 目を開けば、赤鬼が股間を押さえてあおむけに倒れていた。



「大丈夫ですか、番馬さん!」


「番長、番長、番長! ああ、アカン、伸びてもうたぁ」



 キツネとタヌキが変身を解いて、赤鬼に駆け寄る。番馬ばんばさんは筋肉隆々の鬼から、脂肪満々の人間に戻ってしまう。またもや津灯の勝ちか?



「つ、津灯つとうさん、大丈夫!」



 俺が血相をかけて、うずくまったままの彼女に駆け寄る。キツネはそんな俺を見て、歯ぐきをむき出して嫌悪感をあらわにしている。



「男の勲章くんしょうに硬球ぶつけるなんて、めっちゃ申し訳ないことしたわ」



 彼女は背中をさすりながら立ち上がる。赤鬼の足の近くには硬球が転がっている。



 至近しきん距離でボールを投げて相手を気絶させるとは、この子怖い……。もう地上最強キャラではないだろうか?



(水宮入部まであと5人)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る