407球目 引導を渡すのは君じゃない

 火星ひぼしが頭から滑る。ノーバウンドの好返球がキャッチャーミットへ入る。神川かんがわ即座そくざにスパイクのつま先で、ホームベースを踏む。



「セーフ、セーフ!」


「なっ!」


「同点! 歓喜!」



 火星ひぼしのリーチの長さが活きた。3塁ランナーが本賀ほんがさんのままだったらアウトになっていたかも。何せ、満塁だと、ランナーに直接タッチせず、ベースを踏むだけでアウトになるからな。



 ベンチを見れば、皆が喜びあう中で、本賀ほんがさんだけがそそくさと本で顔を隠す。もしかして、足をくじいたのは演技か?



「4番ピッチャー水宮みずみや君」



 伝令が出たものの、刈摩かるまは降板しない。スコアこそ違うが、去年にあいつと対戦した時と似たような状況になった。



「ルイ、大きいのはいらんぞー! 当てるだけやぁ!」



 バカでかい声が聞こえてきた。クソ親父、来てたのか。言われずとも、俺は打つって。



刈摩かるま様ぁ頑張れ、頑張れ!」


「かっとばせ、かっとばせ、みーずみや!」



 両チームの応援合戦が激しくなる。その熱に押されて、体中の汗がとめどなくあふれる。だが、いつも以上にリラックスしていた。



 同点止まりなら刈摩かるまは降板するし、こっちは取塚とりつかさんや宅部やかべさんでつなぐ。圧倒的にこっちが有利だ。俺がアウトになっても大丈夫。



 刈摩かるまは顔中の汗を紫のハンカチで念入りにふいてから、セット・ポジションにつく。初球は見るぞ。



「ボール」



 外のストレートは137キロ。スピードが遅くなってきてる、打ち頃のボールだ。次も見るか。



「ボール!」



 今度はスライダーが外れた。こんな絶対絶命の場面でも、ボールを3球続けて投げる攻め方を貫くのか。



 3球目もボール球だろう。それは打ち取る気のない、力のないボールだ。俺はあえてそれを打つ。



 高めに入ってきたストレートを強引に打ちにいった。



(続く)

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