263球目 バントマンは球場で死なない

 1点を返した喜びに沸く浜甲はまこうナインを尻目に、真池まいけは冷静さを保っていた。



「オレはアウトにならない、アウトにならない、アウトに……」



 真池まいけは自分自身に言い聞かせるように、つぶやき続ける。今日はピッチャーゴロ、送りバント、三振で3打席ノーヒット。巨龍きょりゅうによってヒットゾーンはライト線かレフト線ぎわのみになり、真池まいけがヒットを打てる確率は宝くじ1等当選ぐらい低くなっていた。



 かくなる上は、真池まいけみがいてきたバントで、セーフになるしかない。ファーストとサードは前進しているので、狙うはピッチャー前だ。



 初球。真池まいけは落ちるボールのタイミングを計る。



「ストライクッ!」



 タイミングを取るには、1球では足りない。2球目も見ることにした。



「フシュ―!」



 初球とほぼ同じリズムだ。これを真池まいけは大振りする。



「ストライクッ!」


「尻もちついてやんのー!」


「だっさー!」



 満賀まんが応援団に笑われても、ユニフォームが泥だらけになっても、真池まいけは一向に気にしない。彼の目にはボールだけしか映っていない。



 勝負の3球目。龍水りゅうすいはヒゲを震わせながら投げる。



「フシュ―!」



 さっきより速い。だが、真池まいけにとって好都合だ。



 彼はボールのパワーを利用して、プッシュバントした。



「あれ? どこや?」



 龍水りゅうすいがボールを見失う。ボールは尻尾とグラウンドの土の間に挟まっている。



「尻尾の下です!」


「何ぃ? シュー!」



 龍水りゅうすいは慌てて上半身を移動させて、ボールを引っこ抜く。捕るやいなや、アンダースローの姿勢でファーストへ投げた。



「パフ、マジック・ザ・ドラゴーン!」



 真池まいけは洋楽のタイトルを叫びながら、ヘッドスライディングした。



「セーフ、セーフ!」


真池まいけさん、さすが!」


「バントマン、サイコー!」



 真池まいけは親指を立て、歯を見せて笑う。彼はアウトにならないミッションを無事にクリアした。



(続く)

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