226球目 龍は昼間に眠らない

 3塁側スタンドで、満賀まんが高校ナインが不安げに浜甲はまこう学園の試合を見ている。



「クソ―、負けるな浜甲はまこう。何のために、俺が野球を再び始めたと思ってんねん」



 バンソウコウだらけの顔の男・悪藤あくどうが貧乏ゆすりしている。



「落ち着け、悪藤あくどう浜甲はまこうが勝つチャンスはまだ残っとる」



 穏やかなアルカイック・スマイルを浮かべた男が、腕を組んだまま低い声で喋る。彼は、満賀まんが高校野球部の監督兼選手の龍水りゅうすい崇史たかふみだ。



「でもよぉ、監督。馬女に慣れたところで、犬男に交代やで。あと1イニングで攻略できるかー」


「普段の浜甲はまこうなら、あんな程度のピーは10点ぐらい取れるやろう。しかし、今の肥満状態が続けば、厳しいかな」


「あー、やっぱ負けるんかー」


悪藤あくどう六甲山ろっこうさんの選手をよーく見ろ」



 龍水りゅうすいが指さしたのは、六甲山ろっこうさん牧場のベンチだ。悪藤あくどうが目をこらせば、ベンチの選手はひっきりなしに腕時計を見ている。グラウンドの選手も、チラチラとスコアボードを見ている。



「デブの時間切れか!」


「そうだ。あと少しで、試合時間が2時間になる。豊武とよたけが打たせて取るピッチングしたのも、番馬ばんばのボールに当たらなかったのも、さっさと試合を終わらせたかったからや」


「なるほどー。ほな、監督、アレ、お願いしますわ」


「ああ、わかっとるよ」



 龍水りゅうすいの鼻の下から、靴ひものように長い白ヒゲが左右に伸びる。彼がそのヒゲをこすれば、空がにわかに曇り始めてきた。



(続く)

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