363球目 地方球場の魔物に憑かれたくない

「2番ピッチャー取塚とりつか君」



 取塚とりつかはネクストバッターズサークルから出て、バッターボックスへ向かう。ところが、何でもないところで転んでしまった。



「いったぁー! 一体、何や」



 彼が起き上がろうとすれば、自分の右足の下にゾンビのように腐った手があった。それは、半分ぐらい骨がむき出している悪霊だった。焦点の合わない目で、しゃがれ声を上げる。



「転ばせてぇ、転ばせてぇ」



 幽霊をよくよく見れば、なにわクロコダイルズの前身・宝塚たからづかファイアーズのユニフォームを着ている。取塚とりつかに憑く夕川ゆうかわはアッと叫んで指差す。



「この人、転倒男・失羽しつばやん!」


「転倒男?」


「知らんのかいな。ワイが死ぬ2年前、ファイアーズがオルカ大阪と優勝決定戦やって、サヨナラのランナーのこいつがこけてアウトになったんや。その後でオルカに勝ち越されて優勝はパー。色んな人から転倒男言われて、2軍に落ちとったな。もう死んどったんか」



 その後、失羽しつばは失意の内に解雇されて、ラーメン屋を開いたり、ベースボールショップに勤めたりするも上手くいかず、8年前に事故死している。だが、幽霊の夕川ゆうかわと野球初心者の取塚とりつかはその事実を知らない。



「転ばせてぇ、転ばせてぇ」


「うっさいなぁ。そんな転ばせたかったら、あのピッチャー転ばせや!」



 夕川ゆうかわ生野いきのを指差せば、失羽しつばは這いつくばったままマウンドへ進む。



取塚とりつか、ここはバントやな。ピッチャー前に」


「わ、わかった……」



 夕川ゆうかわの指示どおり、取塚とりつか生野いきののストレートをバントで当て、ピッチャー前に転がした。



「アホ―! ピー前に転がすかぁー!」


「いやぁ、ゲームセット!」



 落胆らくたんの声が響く中、取塚とりつかは懸命に1塁へ走る。



 すると、生野いきのが「わわっ!」と素っ頓狂とんきょうな声を上げて転ぶ。転ばせ悪霊の失羽しつばは満足そうな顔をして、消えていった。



(続く)

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