112球目 人体模型は破壊しない

 俺達の阪体はんたい大付属偵察ていさつの報告は、チームの士気を大きく下げてしまった。プールのキャッチボールやバント練習にミスが相次ぐ。今日のバット100回振るまで帰れませんに至っては、ため息を吐きながらスイングしている奴が多かった。



「どうしましょう。このままやと、運命の試合に負けちゃうわ」



 飯卯いいぼう監督が盛んに首を横に振っている。



「明後日の練習試合に勝って、自信をつけさせたいけど」



 とにかく明るい津灯つとうでも、皆の深海の底のテンションは上げられない。今週末の中学生との試合に大敗でもしたら、浜甲はまこう野球部は解散だ。おしまい!



「この調子じゃ、エラー出まくりだぞ」


「せやね。やっぱ、水宮みずみや君が三振でアウト取らんとね」


「んな簡単に三振取れっかよ」


「大丈夫。秘策があるから」



 かったるい挨拶あいさつをして帰る連中の間をすり抜けて、津灯つとうが台車で大きな段ボール箱を運んでくる。



「開けてみて」



 段ボール箱を開ければ、折り曲げられた人体模型が入っている。脳みその造形がリアルで気持ち悪い。



「うげー、何だよこれ」


「この人体模型君に打席に立ってもらうの。それで、どんどんインコース攻めてほしい」


「壊してもいいのか?」


「うん。理科の大釣おおつり先生が新しいのに替えるから、いらへんって」



 人体模型を打席に立たせるシュールな光景。彼はバットを持てないので、右の脇にガムテープを使って挟ませる。



「さぁ、ガンガン攻めてぇ!」



 キャッチャーの津灯つとうが構えるところ目がけて投げる。ほとんどインハイかインローのストレートだ。30球ぐらい投げれば、人体模型の目玉や胃が壊れたが、まだ人型を保っている。



「今度は左バッターにするね」



 津灯つとうが人体模型の左脇にバットを挟む。



「この練習やったら、三振たくさん奪えるようになるのか?」


「さぁ。それは水宮みずみや君のメンタル次第やね」



 どんな特訓を積んでも、凄い超能力を持っていても、結局は精神力か。



 俺は空を見上げて、飛行機の軌道を追う。そろそろ、彼らにも勝利の喜びを味合わせないとな。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る