116球目 応援団がいない

 水宮みずみやがレコードに圧倒された車内も、千井田ちいだの目にはガラクタの山にしか見えない。ただ、目の前の高級ハンバーガーだけは、100万ドルの輝きを放っている。



「うま、うま、うまいい。マジヤバ!」



 あふれ出る肉汁と甘い黄身と柔らかいバンズのハーモニーが、彼女の幸福度を急上昇させていく。



「良かった。気に入ってもらえて」


「これ、確か、1500円ぐらいのバーガーやろ? よう買えるやん」


「君達が100円のジュースを買うのと同じ感覚だよ。1万円ぐらいなら、すぐに出しちゃうからね」



 大企業の社長の息子と一般人チーター娘とは、金銭感覚にかなりズレがあるのだ。



「坊ちゃん、今日の京都の寺社仏閣ぶっかくめぐりはどうされますか?」


「あぁ、悪い。キャンセルにしてくれ。京都の寺院はいつでも見られるが、浜甲はまこうの試合はラストかもしれないから」


「ラスト!? あたいらは負けへんやん!」



 彼女が食べかすを飛ばして怒号を上げる。



「練習試合とは言え、相手は春の近畿ベスト4だよ? この前、やっと中学生に勝てたチームが、まともの戦って勝てると思う?」



 彼女は彼の冷静な指摘に対して、何も言い返せない。



水宮みずみや君にLANEで教えてもらったけど、浜甲はまこう野球部の試合は応援団が来ないらしいね。もしかすると、それが、今まで勝てなかった理由かもしれないね」


「あたいらが試合やる日は、必ず違う運動部の試合有るから、全く応援する人来ぇへんもん」



 もちろん、理事長夫人がワザと試合の日をかぶらせているのだ。



「なるほど。よしっ! 君達のために、今日の試合に応援団を派遣してあげよう」


「えっ? そんなん出来るん?」



 彼はミニダイヤがたくさんついたスマホを取り出して電話をかける。



「もしもし。刈摩かるま百斗ももとです。うん。阪神はんしん体育大学付属高校のグラウンドで、友人の練習試合あるから、応援に来てくれないか? ん? あぁ、高校の名前は浜甲はまこう学園、浜辺の浜に、甲子園の甲! ありがとう! よろしくね」



 刈摩かるまは通話を切ると、爽やかな顔で言う。



「200人ぐらい来るよ。良かったね」


「マジで……。あんた、神様やん」



 行動力の化身、コネクションの極み、金持ちの余裕、全てを備えた男・刈摩かるま百斗ももと



 千井田ちいだの目には、彼が金色の仏像に見えた。



(続く)

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