32球目 野球は9人いないと始められない

 目が覚めると、自分の部屋の机につっぷしていた。また、あの日の悪夢を見ていたようだ。あの日以来、親父と母さんは口を聞かなくなり、9月に離婚した。今年の4月から、俺は母さんの実家に引っ越して、今に至る。



 親父に強制的にやらされていた野球には二度と関わらないと、決めていた。俺が野球をやったら、母さんにクソ親父を思い出させてしまう。もう母さんを悲しませたくない。



 だが、その決意は、津灯つとうとの出会いをきっかけに揺らぎ始める。



「ルイ、なんか女の子来とるで」



 母さんがノックしながら教えてくれる。女の子って、まさか津灯つとうじゃないだろな。



 ドアを開ければ、津灯と知らない女子が立っていた。



水宮みずみや君、9人そろったよ! これで、水宮みずみや君も野球部やね!」


「私なんか野球ムリやってぇ。麻里まりちゃんのアホ―」


 

 青縁あおぶちの眼鏡をかけた女子が、津灯の肩を文庫本で叩く。



「スーちゃんは速読のプロやから、きっと水宮君のストレート打てるよ」


「んもう、麻里まりちゃん大げさなこと言わんといて」



 2人はかなり仲良しのようだ。親友が近くにいない俺から見れば、とてもうらやましい。



「まさか、2日で8人集めるとはなぁ。わかったよ。明日から野球部員として、あいつらをビシビシ指導してやるよ」


「ホンマに? ありがと、水宮みずみや君。イケメーン!」


「あっ、紹介が遅れました。本賀ほんが好子すうこです。ご指導、お手柔らかにお願いします」



 2人が頭を下げて帰って行くと、母さんがえびす顔で俺に声をかける。



「とても面白そうな子やないの。こっちで友人出来て良かったね」


「ああ。母さん、俺が野球やっても大丈夫か?」



 母さんの表情が一瞬くもったが、すぐに快晴の笑みに変わる。



「ルイはやりたいんなら、やればええよ」


「わかった。ありがとう、母さん」



 俺はそう言って、自室に戻る。押入れの奥からグローブやバットなどが入った段ボール箱を取り出す。クソ親父の命令じゃない、俺の意志で野球をやるんだ。



 チーター、天才、番長、カラスなど、クセの強いキャラと一緒なら、きっと愉快な野球が出来るだろう。明日になるのが、とても楽しみだ。



(1回表終了)

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