1回裏 新生・浜甲野球部初の練習試合

33球目 ただのランニングじゃない

 10人の野球部員が集まったが、これで終わりじゃない。次は監督・顧問が誰になるかだ。明日の職員会議で決めてくれるらしい。



「どんな人が来るかなぁ」


「生徒指導の鉄家てつげかもな。番馬ばんばさんいるから」



 俺は鉄アレイを持ちながらスクワットしている番馬ばんばさんをチラ見する。今日は色んな先輩と話してきたが、未だに彼と会話できない。



「あっ、そうだ! 水宮みずみや君、キャプテンになってくれる? 部員の中で一番野球知っとるし」


津灯つとうの方がキャプテンに向いてると思うぞ。何だかんだ言って、ここにいるほとんどは、津灯つとうがゲットしてきたんだし」



 津灯との勝負に負けて、陸上部やバスケ部のエースなどが入部した。彼女の勝負に対する執念は、俺も見習わないといけない。



「ホンマにあたしがキャプテンでええんかなぁ」


「じゃあ、聞いてみるか。全員集合!」



 俺が手を叩いて呼べば、体育の授業始めのように全部員が集まってくる。



「えー、キャプテンは津灯つとうさんがいいと思いますが、皆さんはいかがでしょうか?」


麻里まりちゃんでええよー」


「うさちゃんがキャプテンか。僕は2年のブランクあるから、妥当なところやね」


「よっ! 津灯つとうキャプテン!」


 皆は津灯つとうのキャプテン就任に不満を持っていないようだ。俺が彼女に笑いかければ、彼女は照れ臭そうに鼻の下をこする。



「あっ、ありがとう。頼りないかもしれんけど、みんなよろしくね!」


「キャプテン! ファーストトレーニングは何にしますか?」


「そうね。えっと、ランニング、グラウンド20周しましょう」



 意外と普通の練習だな。と思いきや、彼女は道具箱を引っ張り出して言う。



「利き腕でボールを持って、反対側はグローブをつけて下さい。それで走りましょう!」



 ボールを握り、グローブをつけながらのランニング。どんな効果があるのだろうか。



「では、レッツゴー!」



 左利きは取塚とりつかさん(夕川ゆうかわ)のみ、俺を含めた9人は右利きだ。



 前半の10周は、周回遅れになった津灯ルビを入力…の親友・本賀ほんがをのぞき、皆が俺と津灯つとう山科やましなさんのペースについて来れた。しかし、後半からは一変する。



「ハァハァ。握力がゼロになる。クレイジーラン」


「グローブってこんな重かったやん?」



 走っていく内に握力が低下し、ボールをつかむのが難しくなる。さらに、グローブの重みで、手が思うように振れない。なるほど、これは普通のランニングの倍の負荷がかかり、野球ボールに慣れるから、一石二鳥だ。



「あっ。言い忘れとったけど、ボール落としたり、グローブ外したりしたら、10周追加するんで、皆さん気ぃつけてねー」


「おっ、鬼や! 津灯つとうキャプテンの鬼ぃ!」



 赤鬼あかおに番長が腹をたぷんたぷん揺らしながら文句を言う。



 かくして、新生・浜甲学園はまこうがくえん野球部は、大量の汗と文句でスタートを切ったのだ。



(続く)

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