34球目 B級グルメの口コミはアテにしない

 ボール持ちランニングの後は、キャッチボールと素振りというオーソドックスな練習だった。翌日も同じメニューをこなす。



「そろそろ職員会議が終わる頃やん」



 チーター化した千井田ちいださんが走り打ちしながら言う。彼女が右打者なのはもったいない。左打者なら内野安打連発なのに。



「どんな人が監督かなぁ。出来たら、野球に詳しい人がいいな」


「野球無知の監督やったら、うさちゃんが影の監督をすればいい」


「影の監督……、何やらラスボスみたいでカッコええなぁ」



 烏丸からすまさんは口ばしを半開きにしたまま、津灯つとうに見とれている。野球部殺しの退治以降、先輩はよく彼女の近くにいる。津灯つとうは男子人気高いから、早く告白した方がいいぞ。



「おっ。ウワサをすればシャドウが差す。誰か来たよ」


 

 真池まいけさんが指さす先に1人の人物がいた。その人の顔は大きな段ボール箱に隠れている。ふらつきながら歩いて、危なっかしい。



「俺様が持つわ、先生」


「ありがとう。助かるわぁ」



 怪力の番馬ばんばさんが荷物を受け取れば、片手で肩に乗せて運んでいく。段ボール箱がなくなり、先生の顔が判明する。



 先生は面長で、常に笑っているような細い目、雪のように白い肌、自己主張の少ない薄い唇、まさにアジアン・ビューティーな方だ。



「今日から野球部の監督兼顧問になった飯卯いいぼうまいです。よろしくお願いいたします」



 スチュワーデスみたいにはきはきしたしゃべりと、丁寧なお辞儀だ。



「グル先、よろしくやん!」


「グル先? って何です、千井田ちいださん?」


飯卯いいぼう先生はフランス料理やイタリア料理などの世界各国の料理、さらにB級グルメにも詳しいから、グルメな先生、略してグル先って呼ばれとるやん」



 グルメな先生ねー。ということは、俺達に美味いご飯をごちそうしてくれるのかな?



「グル先あらためグル監ってことやね。こちらこそよろしくお願いします、飯卯いいぼう先生っ」



 山科やましなさんがハートマークの瞳を飯卯いいぼう先生に向ける。彼女は頬を染めて、視線を段ボール箱の方に向ける。



「あっ、あの箱の中にバナナ入ってるから、皆さんで食べてほしいわ」



 空腹の俺達は我先にと段ボール箱に群がる。いつもは朝食のおまけみたいなバナナが、スウィーツのごとく甘く感じられる。しかも、一本食べただけなのに、ゴリラみたくムキムキになったと錯覚するほど、体内に気力が満ちてくる。



「お次はティーバッティングやるよー」



 やっとボールが打てる。皆のテンションが上がって、ライブ会場のようだ。グル先が監督で良かったぁ。鉄家てつげが監督だったら、俺はまた辞めてたかもな。



(続く)

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