31球目 俺は野球を楽しめない

 セミがけたたましく鳴く中、神奈川県予選準決勝は、最終回の大事な局面を迎えていた。



 俺達の湘南しょうなんキングフィッシャーズは、フェンリル川崎の投手を攻め立てて、2死ながら満塁の大チャンスを作った。打席に立つのは3番の俺、今日は2本ともヒットを打ってて絶好調だ。



「ルイ打てよー! ホームランじゃあ!」



 ベンチの親父がメガホンで応援する。言われなくとも、大きいのを狙うつもりだ。



 相手投手の刈摩かるまは、俺の前の2人を四球フォアボールで歩かしている。ここはストライクを入れたいところ。初球を狙い打ってやる。



「行くよー! アイアンボール!」



 相手が投げたボールが鉄球に変化する。ど真ん中に来たので打ったが、ボテボテのピッチャーゴロになってしまった。俺は全力で走るも、ファーストにボールが送られてゲームセット。


 

 俺の中学野球は終わってしまった。



 試合後、親父が俺を正座させて説教し始める。



「何であんな超能力ボール打ったんだ? 超能力を使えるのは1回きりなんだから、見逃せば良かっただろう?」


「ごめん。初球から打たなきゃと思って」


「バットを止める・投げる、わざとファールにするなど、色々な方法があんだろ? 俺が教えたことを忘れたのか?」



 親父は腕を組んだまま、ゴリラみたいに怖い顔をしている。



「忘れてない。ちゃんと覚えてる」


「いいや、嘘だ。お前は忘れてる。4回表にタイムリーくらった時も、ピンチでもあえてボールから入る教えを忘れてただろう?」


「だったら、ちゃんと指示してくれよ!」


「指示待ち人間がプロに行けるか! 俺の指導を覚えた上で、ちゃんと自分で考えろ!」



 親父がメガホンを地面に叩きつける。



「んなのムリだよ!」


「なにぃ!? 俺の言うことが聞けないのかぁ!」



 親父の右拳が俺の頬に、当たらなかった。とっさに母さんが俺の前に飛び出して、腹で受け止めたのだ。



「もうやめて! ルイはあんたの道具やない!」



 普通の親なら、自分のあやまちに気づいて「やりすぎた」と言って、反省するはずだ。だが、クソ親父は違った。



「うっせぇ! 俺の夢をジャマすんなぁ!!」



 母さんの腹にするどりが入る。俺の目の前で、母さんがひざから崩れ落ちる。俺はあまりのショックに言葉を失う。これが夢なら早く覚めてくれ。真夏の夜の悪夢であってほしい。



(水宮入部まであと1人)

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