30球目 理事長夫人は焦らない

 津灯つとうたちが野球部殺しをフォロボス倒した一部始終を目撃した人物がいる。それは、私立浜甲学園はまこうがくえん理事長・柳生やぎゅうのぼるの妻・アンナだった。



 アンナは、高級マンションの自宅から、双眼鏡で野球グラウンドを見ていた。二度と野球が出来ないぐらいに暴れてほしかったと、彼女は唇をかんで悔しがる。



「他にも手があるわ。絶対に潰してやるんだから」



 彼女は魔法陣の紙を引き裂いて、ゴミ箱に捨てる。



「おい、アンナ。この紙、OKかぁー」



 理事長ののぼるがパジャマ姿で、妻にたくさんの書類を見せる。彼女が書類に目を通している間、彼はポカン口のまま立ち、銅像のように微動だにしない。



「うん。これ全部、ハンコ押しといてね」


「わかったぁ!」



 彼は三歳児みたく大声で返事して、書斎に戻る。彼女は夫の背中を見て、あごをさすりながら嘲笑ちょうしょうする。



 彼は20年前まで聡明そうめいな理事長だったが、アンナの料理によって暗愚になってしまったのだ。



 悪魔と契約を交わし、理事長をおバカに変えてまで、アンナが野球部を潰したいのはなぜか。



 彼女が生理的に野球嫌いだからである。



※※※



 アンナの父は藩鉄ばんてつジャガーズの熱狂的なファンだった。彼女はよく父に連れられて、甲子園球場に行ったものだ。そこでは、口汚く選手をヤジる酒臭い中年男性がわんさかいた。いつも、父と中年男性の間に挟まれて、彼女は肩身の狭い思いをしていた。



 甲子園の試合がない日も、TVで野球中継を見させられる。藩鉄ばんてつの選手が不甲斐ふがいないプレイをする度に愚痴ぐちる父には、とてもうんざりしていた。時には怒り狂って、ちゃぶ台をひっくり返したり、酒の一升瓶いっしょうびんを叩き割ったりすることもあった。母は泣きじゃくり、彼女は父をにらんだ。しかし、家族の生活費を稼ぎ、ケンカで負け知らずの父に面と向かって逆らえなかった。



 資産家の柳生やぎゅうのぼると結婚した時は、やっと父の呪縛から逃れられると思っていた。しかし、彼も野球狂だった。今から37年前に学校を立ち上げ、野球部を重点的に強化した。



 彼女は野球部を消すため、部屋にこっそり酒やタバコを置いて、不祥事ふしょうじを待った。20年前に廃部に追い込み、悪魔と契約して野球部復活を阻止してきた。



 何回もグラウンド撤去を夫に求めたが、いつか復活するからと首を横に振られる。そこで、彼女はIQの溶ける料理を夫に与え、自分のあやつり人形に改造した。最近はグラウンドをラグビー用に改造するアンナの案にうなずくようになった。



津灯つとう麻里まり、あんたの思い通りにさせないよ」



 アンナは赤いマニキュアを塗りながら不敵に笑う。



(水宮入部まであと1人)

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