167球目 野球部の責任教師がいない

 浜甲はまこう学園の生徒指導の鉄家てつげ先生が巡回していると、アシンメトリーな茶髪のスーツ姿の男性に声をかけられた。



「よう、鉄家てつげ。久しぶりやな」


「おっ、お前は園田そのだか……」



 鉄家てつげ園田そのだはともに良徳りょうとく学園出身の同学年である。サッカー部主将の鉄家てつげとラグビー部主将の園田そのだはあまり仲が良くなかった。



 高校3年のインターハイでは、鉄家てつげのサッカー部が県大会敗退し、園田そのだのラグビー部が全国優勝を遂げた。園田そのだは同窓会でこのことをイジってくるので、鉄家てつげはますます彼のことが嫌いになった。



「俺さ、来年から、このラグビー部の監督になるんや。浜甲を強豪校にするから、よろしくな」



 園田そのだが差し出した手を鉄家てつげは無視する。



「おかしいな。うちはラグビー部ないぞ」


「ああ。それやったら、野球グラウンドを改築して、ラグビー用に変えるそうやで」


「そうか。ほんなら、野球部はどこで練習するんか」


鉄家てつげ、知らんの? 甲子園出んかったら、野球部は消えるって、理事長言っとったよ」



 鉄家てつげ一目散いちもくさんに理事長室へ向かう。今年復活したばかりの野球部をすぐに消すなんて、バカげている。正義感の強い彼にとって、無視できない事案だ。



「失礼します」



 鉄家てつげが理事長室に入ると、理事長がジグソーパズルで遊び、夫人が書類の山に目を通していた。



「お疲れ様ですわ、鉄家先生。何のご用事?」


「理事長夫人! 野球部が甲子園に出ないと廃部というのは事実でしょうか?」



 理事長夫人は冷ややかに笑って答える。



「そのとおりよ。学校の品位を汚す恐れのある部活動は、出来るかぎりなくしたいもの」


「た、確かに、今の野球部には、千井田ちいだ番馬ばんばなどの問題児がいます。だからと言って、甲子園出場という無理難題を押し付けるのは、どうかと思いますが……」


「あら。飯卯いいぼう先生は甲子園に行くと約束してくれたわ。お互い納得済みよ」



 鉄家てつげ飯卯いいぼう先生が大変なことを知っている。彼女は毎週末に色んなチームに電話をかけ、練習試合をセッティングしている。授業の合間に野球の本を読んだり、動画を見たりして研究している。



 それもこれも、彼女が監督兼顧問(責任教師)だからである。



「了解いたしました。では、私は野球部の責任教師になります! そして、野球部を全力でサポートします!」


「部活手当は出さへんで―」



 理事長が間延びした声を出す。



「そんなもの、いりません! ただ、私は野球部を支えたいだけです! 失礼しましたっ!」



 鉄家てつげうやうやしくおじぎして、理事長室を去る。彼の足取りは野球グラウンドへ向かっていく。



(夏大予選まであと10日)

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