91球目 東代の肩が強くない

 ただでさえ憂鬱ゆううつな月曜日に、昨日の試合結果が重なってため息が出る。



 垂尾たるおレオポンズとは7回まで試合を行い、7-10で負けてしまった。前の花丸はなまる戦より結果が良くなっているように見えるが、中身は悲惨ひさんである。



 チャンスに弱い山科やましなさん、三振王の番馬ばんばさん、調子に乗ってエラーする烏丸からすまさん、バント以外は全くダメな真池まいけさん、長打力に欠ける宅部やかべさん、短時間でスタミナ切れする千井田ちいださん、フライが捕れない本賀ほんがさん、打球が前に飛ばない火星ひぼしなど、欠点のデパートだ。



 これらの欠点は、練習次第で、どうにかなるかもしれん。だが、東代とうだいの肩の弱さは致命的だ。昨日の試合、いくら俺がクイックに投げようと、二塁はフリーパス状態だった。



「ランナーが出たら、キャッチャーを津灯つとうにするか」



 俺は数学ノートの一番後ろに、ポジションの図を描く。東代とうだいはレフトに、烏丸からすまさんをショートに持ってくるか。



 盗塁阻止ならアリなポジショニングだが、相手が打ってきたらマズいなぁ。烏丸からすまさんはフライに強いけど、ゴロはよくトンネルする。また、東代とうだいの方に打球が飛べば、ランナーはタッチアップ(フライが捕られた後に次の塁へ進む)され放題だ。



「ああ、八方塞はっぽうふさがりだ」


水宮みずみや、3番の問題の解法を書きなさい」


「あっ、はい!」



 数学の先生の冷徹れいてつな声で、授業に戻される。数学は公式を当てはめたら解けるのに、野球は絶対的な公式がないから、大変だぜ。



※※※



 放課後、グラウンドに着けば、東代とうだい火星ひぼしがキャッチボールをしている。珍しい組み合わせだと目をこらせば、東代とうだいのミットが奇妙な形をしているのに気づく。



「おっ、お前、それ……」



 東代とうだいの“右手”には鍋つかみより少し大きいミットがつけられ、ボールを捕ればすぐに投げられる仕様になっていた。



「オー、ミスター・ミズミヤ! これはミスター・ヒボシが持つクッション素材をミットにフュージョン融合させたハンドタイプのミットです」


「で、でも、これって、規則違反じゃ……」


「ルールブックのワン・トゥウェルブ(1・12)によれば、キャッチャーのミットは外周38インチ以下、トップ先端からボトム下端まで15インチ半、サンム親指からフォアフィンガー人差し指の間は6インチ以下とあります。逆に言えば、ミットの形をしていれば、どんなにミニサイズでもOKということです」



 手袋サイズのミットは突き指の危険が高いが、オラゴン星人のクッション素材(?)なら大丈夫だろう。まさか、ここに来て宇宙人の入部が役立つとは……。



 ハンドタイプ・ミットは捕ってすぐに投げられるため、スローイングが大幅に短縮できる。弱肩の東代とうだいでも、盗塁刺が可能だ!



「すごい、グレートだぜ、ミスター・トーダイ! 君が俺のキャッチャーで良かった!」


「私もミスター・ミズミヤのボールをキャッチできてオナード光栄です」



 東代とうだいは涼し気な顔で答える。木星探査機やピッチャー太郎作りに比べたら朝飯前か、そうだよな。



 俺の心配は杞憂きゆうだった。一瞬遠くなった甲子園球場が、再び浜甲はまこうに引き寄せられる。



(夏大予選まであと74日)

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