56球目 火星円周は火星人じゃない

 火星ひぼし円周えんしゅうは、家具の皆無の白い部屋に入ると、たちまちにして銀色の本来の姿に戻った。彼は水筒型の通信機を取り出して、メッセージを送信する。



「野球。疲労大。地球人。体力豊富」



 ここ300年のオラゴン星人は、電子頭脳に依存し過ぎたため、地球人より筋力が低下している。地球人と素手で戦えば、猫にひねりつぶされるネズミのように敗北するだろう。



 火星ひぼしは3年間の調査で、筋力をつけて、オラゴン星人の肉体改造運動のリーダーシップを取る予定だ。体を動かす楽しみの感情が、月曜から金曜までの野球づくしで、彼の全身に行き渡っている。



「野球熱中注意。任務忘却阻止」



 上司からのメッセージは、野球に熱中し過ぎて本来の任務を忘れるなという警告だ。火星はすぐに返信する。



「了解。我星人保養地ほようち。可否調査続行」



 今のところ、地球は物がごちゃごちゃあったり、暴力で解決する人間が多かったりする点を除けば、彼にとって住みやすい土地である。正体を知った3名も自分のことを受け入れてくれた。共存は可能である。



 火星はオラゴン星で野球が広まるかどうか、床に寝転がって考えてみる。オラゴン星人はミニマリストで、1つの機器に多くの機能をつけて、物量を少なくする。そんな彼らが、1試合に多くのボールを消費する野球を好むわけがない。



 野球ボールを耐久たいきゅう性に優れたものに改造してもいいが、自然なボールの軌道きどうの変化が消滅し、味気ないものになる恐れがある。



「重力差異。文化差異。困難。実戦推奨」



 野球の楽しさを知ってもらうには、実際にやってもらうのがてっとり早い。他の調査員に出会う機会があれば、野球をすすめる方針に決めた。



 ちなみに、日本国内のオラゴン星人の名字は、共通して「星」がついているそうだ。



(初の練習試合まであと2日)

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