180球目 ストライクゾーンに入らない

 初回、2本のホームランなどで5点も失ってしまった。



 しかし、阪体はんたい大の天塩あまじおを攻略した俺達にとって、この点差は追いつける範囲内だ。



 相手投手はあきれるほどノーコンなのだから。



「俺の球を捕れぇー!」



 木津きづの投げたボールは、キャッチャーの頭上高く、バックネットにぶつかる。鳥人や巨人でなければキャッチできない大暴投だ。



 神沼かみぬまがマスクを外して吠える。



「おめぇのストライクゾーンは、モンゴルの大平原か!」


「おう、そうだ。モンゴル帝国の騎馬きば軍団のごとく速いボールや。ようわかっとるやん、神沼かみぬまちゃーん」


「ダボ―! ストライクゾーンがアホみたいに広いって意味や!」



 全くバッテリーの呼吸が合っていない。これでは、せっかくの5点リードがビハインドになりそうだな。



 デッドボールをぶつけられたくないと、宅部やかべさんはホームベースから離れて立つ。



「みなーさん! 八木やぎ学園16年ぶりの勝利をお届けするのは、この僕、木津きづ星太郎せいたろうでありまーす! よく覚えてくださーい」



 木津きづは沿道の人に手を振る政治家のように、観客に笑顔を振りまく。



「いいから、さっさと投げんかい、八木やぎ学園の恥さらし!」



 木津きづが振りかぶって、第1球。



「ストラーイク!」


「なっ!」



 宅部やかべさんが目を丸くして、ミットに入ったボールを凝視する。外角低めアウトローの絶妙なコースに入っている。



「マグレや、マグレ! もういっぺん、同じとこ放ってみぃ」


「よっしゃ! 投げたろやないの」



 木津きづはアンダーシャツを腕まくりして、2球目のモーションへ。



「ストライク、ツー!」



 2球目も外角低めアウトローに入った。これはマグレじゃない。奴は、ワザとノーコンのフリをしていたのだ。



 しかし、球速は120キロ程度だ。恐れるに足らず。



 ヒットメーカー・宅部やかべさんは涼しい顔で、3球目のストレートをライトへはじき返した。



「アガー! パーフェクトもノーノー(無安打無得点試合ノーヒットノーランの略称、作者はあまり好まない表現)も消えたぁー!」



 木津きづはひざをつき、プレートに頭をぶつけている。



 つくづくオーバーな奴だなぁ、調子狂うぜ。



(続く)

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