315球目 暗号で伝えるしかない

 あー、俺のバカ! 何で津灯つとうをアウトにしに行ったんだ。俺がワザと送球を逸らしたら、3-4で1点差だったのによぉ!



 ニセ宮は打たせる作戦をやめて、自滅行為を繰り返す。



 4番の夢野ゆめのを四球で出すと、5番光沢みつさわの送りバントをセカンドに送球し、1塁・2塁オールセーフ。



 続く南出なんでの打席で暴投して、無死ノーアウト2・3塁になった。



「しっかりしろー、水宮みずみやぁ!」


「頑張ってぇ!」



 皆の応援はありがたいが、この体では応えることが出来ない、早く宮田みやたとぶつかって、元の体に戻らないとダメだ。



「フェア!」



 南出なんでのスクイズの打球がニセ宮の前に。ホームに投げればアウトに出来たが、ファーストへ投げた。また1点入ってしまった。



「7番キャッチャー瀧口たきぐち君」



 どうやら、兵庫連合の中で、俺と宮田みやたの入れ替わりを知っているのは、この瀧口たきぐちだけらしい。他の皆は表情1つ変えずに、宮田みやたさんと呼んでくる。



 ニセ宮は瀧口たきぐちの得意ゾーンへ投げて、センター前ヒットを打たれる。これで6点目……。



 次の前世さきせが四球で、俺に打席が回ってきた。



 ここは、東代とうだいのIQ156を信じて、暗号を出すしかない!



 さっきと同じように左打席に入り、東代とうだいをチラ見する。東代とうだいは俺と目が合うと、ペコリと頭を下げた。紳士だねぇ。



宮田みやたぁ、初ヒット頼むやしぃ!」



 1塁ランナーの前世さきせが声をかけてきた。暗号ファーストヒント到来!



「よっしゃあ! 打つわ!」



 下手な関西弁を発した俺を、ニセ宮がマウンドからせせら笑って見おろす。へなちょこストレートをど真ん中へ投げてきた。



「ストライク!」


「えっ? 入った?」



 俺は大げさに目を開けて、東代とうだいのミットを見る。違和感に気づいてくれよ、ミスター・トーダイ!



 2球目はスローボール。俺はストレートを待っていたつもりで、早めに振りにいった。



「ストライ!」


「クソ―! 次は打つやし!」



 俺はそう言ってから、打席の土をスパイクでならす。「土がしっくりこんわ」と言いながら、丁寧丁寧に。ある程度ならしてから、バットを構えた。



「打てる、打てる、打てる!」



 3球目はハーフスピードのスライダーがきた。俺は肩を少し震わせて、見送った。



「ストラックアウト!」


「あーん、悔しい!」



 俺は天を仰いで叫び、ベンチへ戻る。果たして、東代とうだいは気づいてくれるだろうか、俺のに。



(続く)

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