102球目 左投手の145キロは打ちごろじゃない

 土曜日の砂浜練習後、俺達は学校に帰って特打ちすることになった。ピッチャー太郎02のボールを、ホームランやバントではなく、素直に打ち返すだけだ。



東代とうだい! そろそろ左ピッチャーに切り替えて」


「OK。レフトハンド、スイッチオン!」



 ピッチャー太郎02は右投げから、左投げに変わる。ぎくしゃくしたフォームだが、きれいな軌道きどうのボールがやってくる。



「うわっ、あぶな!」



 俺の手首に当たりそうになったので、とっさにのけぞる。まともに当たったら、骨が折れてたって。



「さっきは何キロ?」


「145キロです」


「左で145って、速すぎだろ。せめて140キロにしてくれ」



 左投手の球速を5キロ増せば、右投手の球速に匹敵すると言われている。つまり、左の145キロは右の150キロ相当なので、高校生の中ではかなり速いし、プロ候補の逸材だ。現に、うちの野球部では、誰1人として150キロを投げられない。



「OK。では、ストレートのレンジ範囲を120から140にセットします」


「おやおやおや。それでは、私のストレートは打てないねぇ」



 聞きなれぬ声の主を見れば、深緑色の学ランを着た男が一塁付近に立っていた。浜甲はまこう学園の制服は紺のブレザーだから、うちの学校の生徒ではない。



「だっ、誰や?」


良徳りょうとく学園野球部1年の刈摩かるま百斗ももとです。以後、お見知りおきを」



 そいつは質問した真池まいけさんを始め、俺達1人1人に名刺を配り始める。俺にも頭を下げて、名刺を渡す。うっ。何やら桃の香りがする。



 整髪せいはつ剤で整えられた左右対称の髪型、全身に香水、十字架のネックレス、右手親指に緑の指輪というゴージャスな容姿だ。



 名刺には、Kグループ次期社長と未来のメジャーリーグ300勝投手という肩書が付いている。Kグループって、ケータイ会社や野球チーム、ファッションブランドがある大企業じゃないか。大富豪だいふごうの息子かよ。



「ここは関係者以外立ち入り禁止よ」



 グル監が名刺を受け取らずに通せんぼしても、刈摩かるまは肩をすくめて涼しい顔だ。



守衛しゅえいさんが通してくれたんだから、私は関係者ですよ。それに、用があって来たんですよ」



 彼は分厚い豹皮ひょうがわの財布から札束を取り出す。



「そのピッチングマシン、10万円で譲ってくれませんか?」



(夏大予選まであと48日)

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