101球目 個人練習はおろそかにしない(東代の場合)

 昼休み、コンピュータ室にて、東代とうだい郁人いくとは悩んでいた。ランナーがいる時は右手に小型ミットを付けるが、スライダーやカーブなどの変化球を捕りこぼしてしまうのだ。よって、ストレート系の要求が多くなり、この前の試合で狙い打たれてしまった。



 水宮みずみや宅部やかべに負担をかけたくないので、東代とうだいはパソ研共同開発のVRで練習している。



「オーノー! またミスした!」



 東代とうだいはゴーグルを付けたまま頭を抱える。



東代とうだい様でも不可能なことがあるのですね」



 丸メガネの男が電子パッドにデータ入力しながらつぶやく。



「ボールの変化量の誤差が、キャッチングをハードにします。ノーマルミットならイージーですが」



 通常のミットは横に長いので、横や斜めの変化に対応できる。しかし、小型ミットは冬用の手袋よりやや大きいサイズなので、大きな変化に追いつけないのだ。



「野球の変化球は、気温や湿度、風向きによって、かなり変化量の振れ幅が大きくなりますからね。やはり、ランナーがいる時も、ノーマルなミットの方がよろしいのでは?」


「ノー! それでは、甲子園に行けません!」



 彼はゴーグルを取って、顔を真っ赤にして叫ぶ。



「失礼しまーす」



 コンピュータ室に津灯つとう水宮みずみや本賀ほんがが入ってくる。



「ったく、グラウンド整備サボりやがって」


「ホワット? トゥデイズ今日のトレーニングはプールですよね?」


「今日はプールの点検があって入れへんから、学校の練習になったの。知らんかった?」


「ソーリー、皆さん。昨日はサウナでダウンしてから、全くメモリー記憶がありません」



 火曜のサウナ耐久練習は、キムチ丼を食うという鬼殺しレベルに進化していた。



「まぁ、いいけどよ。取塚とりつかさんや真池まいけさんも手伝ってくれて、すぐ済んだし。ところで、ここで何やってたんだ?」


「ウェル、このVRで変化球をライトハンドキャッチするシミュレーションしていました」



 東代とうだいはVRゴーグルをあごで差す。



「ヴァーチャルでいくらやっても、リアルで捕らないと……」


「データの数字も大事やけど、フィーリングもかなりインポータント重要よ、東代とうだい君」


「ボールを怖がらずに大事に丁寧に捕ればいいかな」



 3人に立て続けにアドバイスを受け、東代とうだい頬杖ほおづえをついて考え込む。



「アハーン。フィーリングをチェンジさせて、アジャスト適応すればいいんですね」


「うーんと、そうだ! ランナーいる時は野球ボールじゃなくて、時限爆弾をキャッチすると思ったら? 親指と小指でつまめば、爆弾が解除されるとフィールしてみて?」


「えー。そんなんで捕れるかぁー」



 東代とうだいの頭の中に、時限爆弾を解除した13歳の夏が蘇る。あの時は最新の注意を払いつつも、大胆な切除せつじょで爆弾を止めた。それに比べれば、変化球を止めること自体、大したことではない。



「OK。トゥデイズ今日のトレーニングで、トライしてみましょう」



 東代とうだいはモノクルを押し上げて答える。丸メガネ君は冷静で自信満々の彼が戻ったので、胸をなでおろした。



(夏大予選まであと51日)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る