100球目 個人練習はおろそかにしない(火星の場合)

 火星ひぼし円周えんしゅう選球眼せんきゅうがんが良いし、足もまぁまぁ速い。ただ、外野守備に致命的な弱点があった。



 彼は野手に必須の「目切り」が出来ないのだ。



 目切りとは、フライの打球を目視した後、打球から目を離して、予測落下地点に走って捕ることだ。素人には難しい。作者も出来ません。



 彼はそれをおぎなうため、フェンス際ピッタリの守備位置につく。これなら、打球は常に自分の前に落ちるので、フライが捕りやすい。しかし、ゴロの打球処理やエラーで、ランナーが二塁へ行ってしまう。昨日の試合はそれが災いし、11点も取られてしまった。



火星ひぼしぃ! 今までの経験から、どこに落ちるか読むんだ!」



 山科やましなが声をかけるも、火星ひぼしはボールの落下地点より先へ走ってしまう。ノッカーの津灯つとうはバットを杖のように立てて、ため息を吐く。



「やっぱ、火星ひぼし君はライトよりファーストがええかな」


バットしかし、ライトは誰が守るんでしょうか? ミス・チーダ? ミスター・マイケ?」



 千井田ちいだはスタミナ、真池まいけ弱肩じゃっけんがネックである。



「うーん。取塚とりつかさんかなぁ」



 津灯つとうはノッカーを山科やましなに代えて、投球練習中の取塚とりつかに声をかけに行く。受けるキャッチャーは水宮みずみやだ。



取塚とりつかさーん。じゃなかった、夕川ゆうかわさん。ちょっといいですかー?」


「おう。何や、キャプテン?」


「あの。次の試合はライト守っていただけますか?」


「残念やけど、ワシは外野の守り全然アカンのや。1試合にバンザイ3回やってもうたから」



 取塚とりつか夕川ゆうかわ)は苦虫をつぶした顔で首を横に振る。



「うーん。じゃ、取塚とりつかさん自身はどうですか?」


「ソフトボール大会で1試合にヘディング3回したことあるから、やめた方がええと思う……」



 取塚とりつかは申し訳なさそうに額に手を当てて、頭を少し下げる。



「やっぱ、火星ひぼし君がライトかぁ」



 津灯つとう火星ひぼしの方を見ると、落下地点の横に棒立ちしていた。



「もう目切りはあきらめて、後ろ守らせたら?」



 水宮みずみやがあきれ顔で言う。



「でも、前進守備の時に困るからね。捕る時に右とか左とか指示できたらええのに」


「内野ならともかく、外野は遠い、ん?」



 水宮みずみや火星ひぼしがオラゴン星人だったことを思い出す。彼はキャッチャーを津灯つとうに任せて、火星ひぼしにアドバイスに行く。



火星ひぼし、俺の心の中読める?」



 火星ひぼしは自らの気持ちを複数人に伝えるテレパシー能力がある。その逆もあってしかるべきだ。



「不可能。星人以外困難」


「あぁ、ダメかぁ。じゃあ、打球をずっと目で追ってたら捕れんだから、こういう歩き方出来ないか?」



 水宮みずみやは後ろ足をすべらせながら、前足で歩いているように見える「ムーン・ウォーク」を見せる。完成度は高くないが、火星ひぼしは「了解」と言ってグローブを叩く。



「ライト! 捕れぇ!」



 山科やましなの打球がライトへ飛ぶ。浅目に守っていた火星ひぼしは正面を向いたまま、「ムーン・ランニング」をする。



「なっ! 何だ、あれは?」


「気持ち悪ぅ」



 忍者走りと違い、足をシャカシャカと高速で動かす。残像でムカデのように見える。



「捕球完、失敗!」



 火星ひぼしは打球に追いついたが、グローブではじいてしまった。しかし、今まで見当違いの所に行っていただけに、大きな成長だ。



火星ひぼし、ナイスファイト! でも、その足どうになからないか?」


「努力検討!」



 火星ひぼしは能面のごとく口だけ笑って答える。その後、彼は家の中で後ろ走りの練習をするのだ。



(夏大予選まであと53日)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る