103球目 ピッチャー太郎02は売り物じゃない

 10万円だろうと、100万円だろうと、東代とうだいとパソコン研究会のみんなが頑張って作ってくれた機械だ。そう簡単に渡すわけにはいかない。



「これは売り物やないの。何円出そうと」


「10万円は少なすぎるか。じゃあ、50万円でどうでしょうか?」



 刈摩かるまはボストンバッグから札束4セット取り出す。



「だから、売り物じゃな」


「100万円! 100万円なら譲ってくれますよね?」



 さらに札束5セット追加。100万円を持ち歩くって、かなりイカれてやがる。



「グル監が売らねぇつってんだろ!」



 しびれを切らした番馬ばんばさんが刈摩かるまの顔面目がけてパンチ。皆が止めようとするも間に合わない。甲子園への道が……。



「ふぅ。何でも暴力で解決するのは良くないよ」



 彼の右手の平が、番馬ばんばさんの拳を受け止めている。良かった、暴力行為に至らなくて。



 番馬ばんばさんは歯ぎしりして拳を動かそうとするが、急に拳がボーリングのボールのように大きな鉄の球体と化して、地面に落ちてしまう。番馬ばんばさんの鉄球の手は地面にめり込んだ。



「私の能力は、動く物体を重い鉄球に変える“アイアン・ボールド”だ」



 刈摩かるまは右手を絹のハンカチで拭き始める。汚物でもさわったかのように、バカ丁寧に拭く。つくづく失礼な野郎だ。



 あれ? 物体を鉄球に変える奴って……。



「お前! フェンリル川崎かわさきの刈摩か?」



 中学最後の打席で、俺をピッチャーゴロに打ち取った(31球目参照)のは、アイアンボールの使い手だった。



「おやおやおや。私の中学時代を知っているのかい?」


「中学の時に対戦しただろ? 俺は湘南しょうなんキングフィッシャーズのピッチャーだ。覚えてるか?」


「覚えているとも。野球狂の父親に怒鳴られていたよね。かわいそうに」



 全くかわいそうと思っていないせせら笑いを浮かべる。



「どんなに努力しても無駄ということに気づいた方がいいですよ、皆さん。いくら恵まれた才能があっても、劣悪な環境下では育たない。その逆もまたしかり。そうダーウィンも言ってます」


「ダーウィン先生はそんなこと言ってません、カルマ!」



 東代とうだいが珍しく人名にミスターをつけない。彼の目はヤンキーのように鋭くなっていた。



(夏大予選まであと48日)

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