104球目 刈摩百斗は口だけじゃない

 いつもの東代とうだいは英語を交えたしゃべりで、物腰柔らかな感じである。しかし、刈摩かるまの無神経な発現にキレた東代とうだいは、近寄れば感電しそうなほどにピリピリしていた。



「先ほど、120から140のレンジでは、自分のストレートが打てないと言いましたよね? つまり、140キロ以上のボールが投げられるということですか?」


「もちろん。この前計ったら、MAX144キロだったね」



 当然と言わんばかりに、さらりと発言する。



「ならば、今、私達の前でその速さのボールを見せて下さい。それが見られたら、フォーギヴ許すします。できなければ、アポロジー謝罪して、さっさと立ち去って下さい」


「いいよ。あと、私が144キロ以上投げたら、そのマシンを100万円で譲ってくれるかな?」


「それは出来ませんが……、マシンの設計図ならあげます」


「わかった。まだ肩が温まっていないから、キャッチボールしてからでいいよね? 誰か、私とキャッチボールしませんかー?」



 誰も刈摩かるまの呼びかけに応じない。1人で壁に向かって投げてろ。



「あたしで良かったら」



 津灯つとうが挙手して歩み寄ってくる。



「あぁ、助かる。ありがとう」



 刈摩かるまが1万円を津灯に渡そうとする。彼女は首を横に振って、1万円を突っぱねた。



※※※



 キャッチボールを見る限りでは、そんな凄いピッチャーに見えない。今が本気のスピードなら、津灯つとうより遅いかもしれない。



「うーん。肩がほぐれてきた。そろそろ投げようか」



 刈摩かるまがマウンドに上がって、左腕を軽く回す。俺と同じセット・ポジションからの投球だ。



「ちゃんと計ってくれよ」



 本賀ほんがさんが頬をフグみたいにふくらませて、スピードガンを構えた。



 刈摩かるまの右足が上がり、腕がしなって、右手が帽子の裏に隠れる。こいつ、体が柔らかい。



 帽子の裏から急にボールが飛び出したような錯覚。東代とうだいのミットを弾く速球。果たして、球速は……?



「ひゃ、145キロ……」



 恐るべきスーパー1年生投手の出現に、皆は言葉を失う。



 東代とうだいは上の空で、ピッチャー太郎の設計図のコピーを刈摩に渡した。



「無料でくれるなんて、気前がいいねぇ。お礼にいいことを教えてあげますよ。明日の近畿大会1回戦、僕がリリーフで登場するよ。君達が見に来てくれたら、華麗かれいなピッチングを披露ひろうするからね」


「坊ちゃん、そろそろピアノの時間ですよー」



 メイド服の黒縁メガネの女性に呼ばれた彼は、「はーい、わかってますよー」と言って、ボストンバッグを右肩にかける。



浜甲はまこう学園野球部の皆さん、さよならー」



 彼は左手を振って去って行く。



 甲子園出場を目指す俺達の前に、とんでもない強敵が現れた。



(夏大予選まであと48日)

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