85球目 特訓は1日で終わらない(火曜日)

 昨日は月に向かって打つ練習だったが、今日はランニング、キャッチボール、走塁練習、打撃・守備並行練習という通常メニューだった。



 6時半になって帰れると思いきや、グル監の「今から温泉に行きましょう」の一言で、延長戦に突入だ。



 学校から歩いて15分ぐらいの場所に温泉がある。くすんだ木造の建物で、休日になるとたくさん車が並ぶ。俺達はユニフォーム姿のままやって来た。



「監督。あたし達は着替え持ってきてないですよー」


「気にせんといて。そのまま入るから」


「そのまま?」



 中に入ると、ロビーのちゃぶ台の前に八百谷やおたに白山しらやまのタヌキツネコンビが座っている。その2人の前に、花丸はなまる野球部の前監督が血の池地獄の唐辛子たっぷりラーメンを出す。



「説明すると、今から皆さんユニフォーム着て、グローブつけたままサウナに入ってもらうの。最初やから、女子は5分、男子は10分、必ず入ってね。時間以内に出てしまった人は、罰として、この激辛げきから豚骨とんこつラーメンを食べてもらうわ」



 ユニフォームのままサウナって、髪の毛が燃えはげるって。体罰案件じゃなかろうか。



「どれだけ辛いか、上手く表現してほしいバイ」



 大将に言われて、2人は恐る恐るラーメンのスープをすする。八百谷やおたには顔が真っ赤になり、ゆでタヌキになってダウン。白山しらやまは十口ぐらい粘ったが、鼻や耳の穴から煙を出してアウト。



「暑さに慣れへんと、甲子園出場はムリよ!」



 グル監の笑顔が、契約をオススメする悪魔セールスマンに見えてきた。



※※※



 男9人がサウナに入れば、ぎゅうぎゅう詰めで蒸し暑さが増す。


「ロッカールームより狭いなぁ、ここ」


山科やましなさん、あまり喋らない方がええですよ」


「そう言う取塚とりつかさんもね」



 俺の指摘してきを受けて、取塚とりつかさんは口をつぐむ。幽霊の夕川ゆうかわさんの方は、俺達の間を飛び回ってニヤニヤしている。霊体は暑さを感じないのか。羨ましい。



 真池まいけさんと東代とうだいは3分で脱落し、残り7人。番馬ばんばさんと烏丸からすまさんはかなり無理していて、滝の汗ダラダラだ。火星ひぼし宅部やかべはポーカーフェイス。山科やましなさんの目は両方とも×印だ。



「あと5分や」



 番馬ばんばさんが壁の時計をにらむ。まだ半分かとため息をつく俺達のサウナ室に、熱い男がやって来た。



「熱風を送ってやるタイ! よいしょ―!」



 大将のうちわから来る熱風が、全身の水分を奪っていく。番馬ばんばさんが四つんばい、烏丸からすまさんが千鳥ちどり足で退出する。取塚とりつかさんは残り3分でふらつきながら退出。その時、山科やましなさんは白目をむいて意識を失っていたので、大将が外へ連れ出す。



「無風。快適」



 火星ひぼしの体は半分ぐらい、銀の光沢出てきてるぞ。宅部やかべさんに宇宙人バレするって。



「あと1分ぐらいか。水宮みずみや、ラーメン賭けて対決せぇへんか?」



 宅部やかべさんが出っ歯を最大限に見せながらしゃべる。



「何するんですか?」


「投球モーションの途中で足を上げたまま、1分間立ち続ける。先に倒れたら、あのラーメン食うってのはどない?」


「面白いですね。やりましょう」



 暑さで頭がイカれていたのか、彼の勝負に乗ってしまう。普段なら1分ぐらい大したことないが、今は足元が滑りそうで怖い。



 それでも、刻一刻と時が進んでくれる。あと30秒、20秒、19、18……。



「熱風の復活ぅ!」



 俺と宅部やかべさんは台風になぎ倒される木のように、床に倒れてしまった。この勝負は引き分けか。



「勝利確定。辛料理回避」



 何と火星ひぼしも片足チャレンジをし続けていた。



 俺の真っ白な頭に赤インクがぶちまけられて痛くなる。嫌だ……、まだ死にたくないよぉ……。



(夏大予選まであと80日)

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