84球目 特訓は1日で終わらない(月曜日)

 数か月の猛特訓もうとっくんで甲子園出場を目指すにあたって、グル監がユニークな練習を考案する。



「ジャーン! 月に向かって打て」



 センターの一番深い所に、地面に突き刺さった物干し竿ざおがある。その竿さおのてっぺんに満月の写真がつけられている。



「打球があの月に当たった人は、来週の練習を休む権利が得られます。みんな頑張ってねー」



 グル監の笑顔で、みんながやる気になってバットをブンブン振り始める。俺と山科やましなさんだけは渋い顔だ。



水宮みずみや。あそこに当てるって、120m以上の飛距離いるわな」


「ええ。ホームラン打つのも難しいのに、センターのあそこにピンポイントで当てるなんて、かなり難易度なんいど高いですよ」


「ピッチャーが人間やったら、僕の能力で何とかなるかもやけど。おや? あれは何や?」



 東代とうだいとパソ研仲間がピッチャー太郎をリアカーで引っ張ってやって来る。ストレートしか投げないマシーン相手ならミッションクリアの可能性が高まるが……。



スーパーバイザー主将、ピッチャー太郎02持ってきました」


「サンクス、東代とうだい君。これで実戦に近くなるわ」


「ピッチャー太郎02? ストレート以外も投げられるようになったん?」


「イエス、ミス・ツトー。ストレート以外に、スライダー、カーブ、チェンジアップが投げられます。また、レフトハンドのピッチングも出来ます」



 東代とうだいとパソ研仲間は誇らしげな顔をしている。その内、ピッチャー太郎は全ての投球フォームと変化球を覚えるに違いない。



「1人20球チャレンジよ。待ってる間は素振りしてね!」



 打つのは背番号順で、俺がトップだ。ホームラン&センター返しが必要なので、打席の中央に立って、バットは下から上のアッパースイングだ。



「ピッチャー太郎02、ピッチングスタート!」



 いきなりストレートだ。俺のバットに当たるも、大きな内野フライになってしまう。



 次はカーブでタイミングが合わず。3球目、チェンジアップなんて打てるか。4球目のストレート、俺に近すぎて打てないって。5球目もダメ、6球目、7球目、8球目……。



 結局、20球中6球バットに当たったが、内野フライ5本、外野フライ1本という散々な結果だ。



 俺の次の東代とうだいは全くバットに当たらない。変化球を捕るのはかなり上手くなったのに、打つのは難しいらしい。



水宮みずみや君、水宮みずみや君。グル監って、結構やる人ね」


 

 津灯つとうが俺にヒソヒソ声で話しかけてくる。



「確かに。打撃のパワーアップに良さそうだな、この練習」


「せやね。前の試合はみんな、椎葉しいば君のボールに当てることばかり考えて、ちぢこまったバッティングになっとった。でも、この練習をようさん積んだら、当てるより、飛ばす方に意識が向くね」


「打率は下がりそうだけどな」


「ほんなら、聞くけど、水宮みずみや君は三振かホームランのバッターと、バットコントロールが巧みだけどシングルヒット止まりのバッター、どっちが嫌?」



 前者は番馬ばんばさん、後者は津灯つとうの顔が思い浮かぶ。



「うーん。やっぱりホームラン打つバッターかなぁ。シングルヒットマンは守備位置変えたらアウトに出来る可能性あるけど、ホームランは防げないよ」


「そうそう。どの打順の人も長打が出るようになったら、甲子園は間近やんね」



 バッターボックスを見れば、真池まいけさんがフルスイングの勢い余って、腰を痛めておじいちゃんと化していた。



 浜甲はまこうロケット打線の完成は、だいぶ先の話になりそうだ。



(夏大予選まであと81日)

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