83球目 敗北者になりたくない

 放課後、俺達は家庭科室に集められた。昨日の試合の反省会と思っていたら、グル監が悲愴感ひそうかんたっぷりの顔で話し始める。



「えー、理事長によって、我が野球部は夏の甲子園に出場できなければ、廃部にされます」



 一瞬の沈黙の後、コップからあふれる水のようにとまどいの声が流れ出す。



「そんなのムリに決まっとるやないか!」


「ノーウェイ! スリーイヤーズ出来ると思ってたのに!」


「あたいの盗塁王、どうなんのよぉ」


「静かにして!」



 津灯つとうつるの一声で教室は静まり返る。津灯つとうはグル監の顔をまじまじと見ながら質問する。



「夏の全国選手権大会に出場すれば、野球部はなくならないんですよね?」


「ええ。理事長はそう言ってたわ」


「じゃあ、夏の予選勝ちまくりましょう。皆さん、甲子園行きましょう!」



 津灯つとうと俺達の温度差が開く。



津灯つとう、兵庫県は160校近くあるんだ。急造野球部の俺達が勝ち抜くなんて、無理ゲーだろ」



 俺が事実を述べても、津灯つとうの炎の精神は直立したままだ。



「確かに、常識的にはムリやと思うよ。でも、負けて廃部にしたら、あたし達ずっと他の子達から言われるよ。野球部を廃部にした敗北者って」



 敗北者とさげすまれる自分を想像すれば、中学3年の秋がフラッシュバックする。クソ親父のせいで、野球キチ息子と言われ、チームメイトからもさけられた。もう2度とあの頃のみじめな自分に戻りたくない。



「俺様はやるぞ! 1度もケンカに負けたことない俺様や。理事長とのケンカにも勝ったる!」


「私もトライします」


「オレも」


「あたいも」


「俺っちも!」



 部員が次々と立ち上がって、津灯つとうのフォロワーになる。残る俺1人に、皆の視線が集中する。野球の厳しさを知ってるだけに、甲子園出場なんて保証できない。それでも――。



「わかってるよ。エースの俺がいなきゃダメだって」



 俺が立ち上がれば、津灯つとうは雨上がりの爽やかな顔になる。



「監督! 甲子園目指して、一緒に頑張りましょう!」


「皆なら出来るわ、ゼッタイ!」



 桜が散って少し寒さが残る今日だが、この教室内はセミの鳴き声と灼熱しゃくねつに包まれていた。



(夏大予選まであと81日)

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