2回表 目指せ甲子園! 浜甲野球部の猛特訓

82球目 理事長夫人は容赦ない

 週明けの月曜日の朝、飯卯いいぼう先生は理事長室に呼び出された。



「昨日の練習試合、お疲れ様。花丸はなまる高校の3軍から2点取ったそうじゃない。すごいわね」



 理事長夫人の表情は全く喜んでいない。試合を見に来てないくせに偉そうだと、飯卯いいぼうは心中で地団太じだんだを踏む。



「さぁて。今回、あなたを呼び出したのは、野球部の今後について話し合うと思ってね。理事長、これを読んで」



 理事長が夫人に背中を叩かれると、抑揚よくようのない声でA4用紙の内容を読み始める。



「野球部員に問題行動多し。山科やましな不純異性交遊ふじゅんいせいこうゆう番馬ばんばの他校生徒への暴力行為、千井田ちいだの信号無視、真池まいけの演奏の騒音、火星ひぼしのディベート参加拒否など」


「うちの学校の規則で、問題行動の多い生徒が多数所属する部活動を、理事長の承認により、廃部や活動休止に出来るのをご存知かしら? 野球部を長持ちさせたいなら、顧問のあなたがしっかりしないとね」



 夫人は鼻につく言い方をする。飯卯いいぼうは少しムッとして言い返す。



「お言葉ですが、入部以降の番馬ばんば君は全くケンカしてません。山科やましな君と女生徒の関係はいたって健全です。他の問題行動も、タバコや薬物ならともかく、高校生がやりがちな行為じゃないですか」



 夫人が絵本に出てくる悪い魔女のように口元だけ笑う。彼女は後ろの髪をかきあげてから話す。



「他にもこういう規則があるわ。活動実績がない部活動も同様に、理事長の承認により、廃部や活動休止にできる」


「野球部はできたばかりです。実績はこれから作ります」


「そうね。じゃあ、作ってもらおうかしら。夏の全国大会の出場という実績を」



 飯卯いいぼうの頭は真っ白になる。強豪校の3軍に大敗するチームが、県の予選を勝ち抜くビジョンは描けない。



「今年の夏の甲子園全国大会に出場できなかったら、野球部は廃部ということにします。いいですよね、理事長?」



 理事長は首振り人形のように「うんうん」と返事する。



「そ、そんな……。来年ならまだしも、あと数か月で甲子園出場は……」


「理事長の決定に逆らうつもりかしら、飯卯いいぼう先生?」



 浜甲はまこう学園の教師は誰も、理事長に逆らえない。公立と違い、私立高校はすぐ教師を解雇できるのだから。



「わかりました……」



 飯卯いいぼうは消え入りそうな声で、理事長の決定にしたがった。



(夏大予選まであと81日)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る