284球目 尺村の足がのろくない

 1死一・二塁で9番の東代とうだい。バントで送ってもいい場面だが、グル監はヒッティングの指示だ。



 バッティングが苦手な東代とうだいでも、大岩おおいわのボールは簡単に打てる。初球は真後ろのファール、2球目はライト方向へのファールだ。



「ポポポポポポー!」



 何と、尺村しゃくむらがファールボールに向かって、猛ダッシュしている。あいつの足、あんな速かったか?



 彼女はラバークッションに当たりながら、ボールをもぎ捕った。浜甲はまこうスタンドから拍手が巻き起こる。



「みんなゴー!」



 一塁ベースコーチの津灯つとうの声で、取塚とりつかさんと烏丸からすまさんは次の塁へ向かって走る。これなら2死二・三塁だ。



「ピョポピョポピョポポポー!」



 尺村しゃくむらが奇声を発して髪を振り回しながら、取塚とりつかさん目がけて走っていく。まるで人間を追いかける幽霊だ。



 取塚とりつかさんは一瞬びくっとして立ち止まったが、再び二塁へ駆けだす。どんなに速い選手、例えチーターでも、取塚とりつかさんに追いつけな、ウソ、追いついた?



 尺村しゃくむら取塚とりつかさんの背中をバチッとタッチした。



「アウト!」


「いつの間に……」



 ファールフライを捕ってから走り出し、タッチアップした選手をアウトしに行くなんて、10年近く野球をやってるが初めて見た……。



「何ちゅう女や……」



 俺は思わず関西弁を出して、首をひねってしまった。



(続く)

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