25球目 日本の幽霊には足がない

 柔道じゅうどう着の男は左腕をブルンブルン回して、やる気満々だ。俺より背が高くて筋肉質だから、いいボールを投げそうだ。



「ワイは2年C組の取塚とりつか礼央れおや。よろしくな」



 彼は俺や津灯つとうをはじめ、順番に握手していく。あの番馬ばんばさんにもひるまず握手、腕相撲うでずもうになっても互角ごかくだ。彼はパッとしないドラマの脇役顔なのに、中々のやり手、とんでもない大物だ。



取塚とりつかさんは左ピッチャーなんですね。ちょっと、あたしに向かって投げてもらえますか?」


「ええで。ワイは手加減てかげんせんから、気ぃつけぇや」



 取塚とりつかさんは大きく振りかぶり、足をゆったりと上げるモーションから、テイクバックに入った瞬間にクイックモーションになって投げる。



 ボールは津灯つとうのミットにうなるように入る。俺や津灯つとうより速い。これは本物のピッチャーだ。



「すっ、すごい。水宮みずみや君と取塚とりつかさんの2人がいれば、甲子園行けるわ」


「こんなピッチャーが、どうして柔道じゅうどう部に?」


「2年前の僕みたいに野球部立ちあげたら良かったのに」


「おとなしい奴やと思っとったのに、意外とやるやん」



 皆から褒められた取塚とりつかさんは頬を紅くして、首筋をポリポリかいている。すると、急に頭をかかえてうずくまる。心配して駆け寄ってみれば、手で払いのけられる。



「あっ、あっち行け! この悪霊あくりょうめ!」


悪霊あくりょう? 何言ってるんですか、先輩?」



 取塚とりつかさんの鼻の穴から、白い煙が出てくる。それは徐々に人型になり、坊主頭で太眉の野球少年の姿になる。



「このワイを悪霊あくりょうやとぉ? ワイはただ、甲子園行きとうて、色んな奴に憑いとるだけや」


「け、煙がしゃべったあ!」


「煙やない! 幽霊や、ユーレイ! あと一歩で甲子園行けるってトコで死んだから、成仏じょうぶつできへんのや」



 自称・幽霊は青筋を立てて起こる。皆は怖がって後ずさりしているが、東代とうだいだけは興味津々で、頭からヒザまで隈なく観察中だ。



「アハーン。これは人のメモリー記憶の残り香、アザーワード言いかえると、“残留思念(ざんりゅうしねん)”ですね」


「はっ? 巌流試験がんりゅうしけん? まぁええわ。皆さん、ワイの悲しい過去を聞いてくれや」



 幽霊は目をしぼませて語り始める。



(水宮入部まであと3人)

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