272球目 真夜中のトイレに行きたくない

 ついに、明日は4回戦だ。この試合に勝てば、各ブロックを3回以上勝った強豪校と当たることになる。



摩耶まやには悪いけど、ちゃっちゃと終わらせたいね」


「うん。僕の華麗なホームランで、コールド勝ちさせるよ」


「おやすみー」



 しゃべり疲れた俺達は眠りにつく。そして、目覚めたら朝に――。






 俺が目覚めたのは、2時半という嫌な時間帯だ。隣の宅部やかべさんはスマホを見て、ごそごそしている。



「あれ? 水宮みずみや君も起きたん?」


「はい。うっ、トイレ行きたい……」



 しかし、真夜中の校内は怖い。他の部員が寝てる中で電気をつけるワケにはいかないし、何かに出会ってしまうかもしれない。



「実は俺もトイレ我慢しとって。一緒に行こか」


「はいっ! 行きましょう」



 連れション相手ができて良かった。これで、おもらしせずに済んだぜ。



 宅部やかべさんがスマホを懐中電灯代わりにして、前を照らしてくれる。物陰から何かが出てこないか、息をのみながら歩く。



「そういや、OGの姉さんから聞いた話やけど、真夜中の浜甲はまこうで、出口から3番目のトイレを3回叩いたら、中からノックが返ってくるらしいで」


「本当ですかー? トイレ行く前にそんな怪談やめて下さいよー」


「まっ、幽霊や鬼を見慣れとるから、そういうのあんま怖ないけどなぁ」



 確かに、取塚とりつかさんに憑く霊、筋骨隆々の鬼に比べたら、ノックぐらいは怖くないか。



 俺達はトイレの電気をつけて、小便を済ます。俺は軽く水で手をもんでおしまい。宅部やかべさんは石鹸せっけんをつけて念入りに洗っている。



「試してみよか」


「えっ? ホントにやるんですか?」



 宅部やかべさんはいたずらっ子のように笑いながら、3番目のトイレの前に立つ。リズミカルにドアを3回叩いた。



「反応ナシか」


「帰りましょうか」



 俺達が出口へ向かおうとすれば、突然、個室の中からドンドンドンと激しくドアを叩く音がする。



「えっ? 誰か入っとった?」


「いや。でも、電気消えてましたし……」



 電気をつけずに真夜中のトイレにこもる奴がいたら、それはそれで怖い。



 俺達が3番目のトイレを開けようとすれば、電気が消える。



「うわっ! 宅部やかべさん、ライト! 宅部やかべさん! 宅部やかべさん?」



 返事がない。俺は手探りでトイレの個室ドアをさわりながら、スイッチまでたどり着く。



「今、つけますよー」



 スイッチを押せば、トイレ内が明るくなる。電灯の寿命じゃなくて良かったぁ。



「えっ? や、宅部やかべさん?」



 トイレの床で、宅部やかべさんが白目をむいて倒れている。3番目のドアが開いている。何か怖いものを見たのか? いや、俺を驚かそうと、迫真の演技の可能性がある。



宅部やかべさーん。気絶のフリしたって、だまされませんよー」



 俺は宅部やかべさんの口元に耳を近づける。どんなに名役者でも、漏れる吐息は隠せない。



 だが、宅部やかべさんは全く息をしていなかった。



「し、死んでいる!?」



(続く)

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