118球目 天塩(あまじお)のボールは打てない

「ハァ? 何なの、あの応援団は?」



 阪神はんしん体育大学付属高校の校舎の屋上で、柳生やぎゅうアンナが双眼鏡をのぞきながらつぶやく。その隣には、阪神はんたい大付属の寅吉とらよし校長と喜田きだ教頭がいる。



「ボ、ボクが用意したんやないで」



 寅吉とらよしはしどろもどろに否定する。



「応援団があろうとなかろうと、浜甲はまこう打線は天塩あまじお君のボールを打てませんよ。彼は20年に1人の逸材いつざいですから」



 喜田きだがメガネを押し上げて言う。彼は背筋がピンと伸びて、スーツにホコリやチリ一つもない。



「20年に1人? 嘘ついたら、あんたのスーツ引き裂くわよ!」


「よくご覧なさい。あれが高校生のボールですか?」



 金髪碧眼へきがんの1年生投手・天塩あまじおが、両手を一本の木のごとく伸ばして振りかぶる。全身がバネのような体つきで、力強いボールを投げる。150キロは出ていそうな豪速球だ。



「いくらストレートが速くても、変化球がしょぼかったら」


「もちろん、プロ級の変化球も持ってますよ」



 ほぼストレートと同じ速さで、ボールがベース上でワンバウンドする。恐るべきスピードと落差のスプリットだ。



「いやぁ。よく落ちるなぁ、天塩あまじお君のスプリットは」


柳生やぎゅう夫人が用意したドリンクを彼が飲めば、鬼に金棒、いや虎に翼を生やしたようなものですよ」


「うーん。確かに、あいつらには打てないわねぇ」



 投球練習が終わると、浜甲はまこうの新リードオフマン・宅部やかべが打席に立つ。バットコントロールはチームトップクラスの彼だが、天塩あまじおの豪速球にバットが当たらない。



 2球連続で振り遅れ、3球目のスプリットで空振り三振に終わった。



「よしっ! その調子よ、天塩あまじお君」



 天塩あまじおの好投に興奮する柳生やぎゅうアンナ。知らず知らずの内に、彼女の中の野球狂の遺伝子が活性化し始めている。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る