119球目 刈摩に常識は通用しない

「クソッ! かすりもしないっ!」



 宅部やかべさんがバットを投げつけるように、バットカートの中に入れる。



「ストレートのスピードは140キロ後半、スプリット(フォークの握りを浅くする)のスピードは135キロ前後、かなり打ちにくいピッチャーです」



 スピードガンを構えた東代とうだいが困惑し、盛んにモノクルの縁をさわっている。



「スプリットが落ちる前に打つしかないね。打席の前に立って、当てるべきだろう」


「ホワット? ホワイ、ミスター・カルマ?」



 いつの間にか、刈摩かるまがベンチの隅に座って、優雅ゆうがに紅茶を飲んでいる。



「応援団の所行けよー、刈摩かるま。ここは俺っち達のベンチやぞ」


「彼らと一緒にいたら、熱中症になるよ」



 刈摩かるまは熱烈な応援団をあごでしゃくって、肩をすくめる。



「坊ちゃん、ケーキを買って来ましょうか?」


「ああ、頼む。出来れば、イチゴたっぷりでね」


刈摩かるま君、ここはカフェじゃなくて」



 グル監が注意しようとすれば、刈摩かるまが札束を出してくる。



「使用料は10万円でよろしいですか?」


「あっ、いや、もう、おとなしくしとって」



 刈摩かるまのペースに合わせたら、こっちが疲れてしまう。試合の方に集中だ。



「ヴィジュアル系の彼、私の忠告どおり、打席の真ん前に立ってるね。いい心がけだよ」


「いやいや。元からデヴィッドさんは、いつもあの位置だから」



 刈摩かるま発言時には、真池まいけさんは打席に向かっていたから、絶対に聞いていない。それに、最初からバントの構えをしている。



「ストラックワン!」



 ボールがバットの上を通過しいてく。あまりの速さにビビったのか、真池まいけさんは石像のごとく動かない。



 2球目もストライク。3球目は――。



「ファール! バッターアウト!」



 バットに当たったが、真後ろのファウルでスリーバント失敗だ。



「ボールが逃げていく。あんな速弾き、見たことないわ」



 真池まいけさんはそう言うと、大きなため息を吐いて座った。

 


 2人のアウトはしかたないが、津灯つとうだけは簡単にアウトになってほしくない。俺はネクストバッターズサークルから祈るように見守った。



(続く)

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