114球目 多目的トイレが正しく使われない
深夜の多目的トイレ前に、中年の男女が立っている。厚化粧の女性は辺りを見渡しながら、そっとドアを開ける。
「アンナちゃん、そんな警戒せんでもええやん」
「壁に耳あり、障子に目あり、用心に越したことないわ」
「その慎重さ、昔と変わらへんねっ」
前髪が全くない男は軽いノリでしゃべる。彼は
「さっさと入って。用件済ませるわよ」
アンナは多目的トイレに入るやいなや、消臭スプレーをあちこちに吹きかける。特に、便器はラベンダーの香りがするぐらい、徹底的にかけた。
「来週の練習試合の件なんだけど……」
「あぁ。もちろん、我がチームが君んとこをコテンパンにやっつけてまうよ。そして、アンナちゃんと初デートや」
「普通に戦ったら、あんたのチームが勝つわ。でも、あの女が……」
アンナの
「あの女?」
「とにかく! 試合前に、このお茶を先発ピッチャーに渡してほしいの! 用件はそれだけよ」
彼女が出したのは、自販機でよく見かけるお茶のペットボトルだ。底に紫の粒が沈殿しているので、ただならぬドリンクとわかる。
「わかったで。3年の
「絶対に渡すのよ! 渡さずに負けでもしたら、あんたの
アンナの鬼の形相を見た
「ボクを信じてやぁ、アンナちゅああん」
アンナは黙ってトイレのドアを開け、振り向きもせずに去っていく。
「あっ! ちょっ! もうちょい話そうや」
「タイムアップ! 続きは試合後!」
遠ざかる彼女の背中を見ながら、早く
(続く)
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