144球目 愛にできることは1つじゃない

 1点を追う浜甲はまこう学園は、1死満塁の大チャンスを迎える。打席には5番の山科やましなさん。今日は3打数ノーヒット、2つの三振とピーゴロだ。



 そもそも、今日の試合で、天塩あまじおのボールを外野へ運んだのは津灯つとうだけだ。満塁にした上で、外野不在の9人内野シフトを取るのは当然だろう。



山科やましなさーん! 外野へ飛んだらランニングホームランですよー!」


「お、おう。せ、せ、せやな」



 山科やましなさんは極度の緊張でろれつが回っていない。



「タイム、お願いしまーす」



 津灯つとうがタイムを取って、千井田ちいださんを連れてベンチに戻る。1死満塁での作戦、まさかスクイズか?



 ヒソヒソ声で相談していて聞き取れない。刈摩かるまがスマホで電話をかけ始める。



 2人がそれぞれのベースに戻ると、アイドルみたく甘い声を出してきた。



山科やましな先輩、あたしの頭上を越えるヒット、お願いしまーす」


「あたいは、あんたの華麗かれいなヒット見たいやん」



 2人の声援を聞いた山科やましなさんの目は、音符が躍っている。丸まった背中が、針金が入ったかのようにピンと伸びてきた。



「キャアアアア、打ってぇ、山科くーん!」



 応援団の黄色い声援が届く。男性が口を真一文字にして黙っているから、刈摩かるまの指示だろう。


 

 グル監のサインは、ヒッティングからの両手でハートマーク。



 山科やましなさんの目には炎のマークが宿り、強打者のオーラを出している。胸を張って、舞台俳優のようにはきはきと大声でしゃべる。



「ウサちゃん、子猫ちゃん、スタンドの皆さん、僕は打つ、打つよ! まばたきせずに見ておくれ」



 トラ塩のストレートは速い。だが、山科やましなさんのスイングの方が速い。引っ張った打球は、サードの針井はりいの腹を襲う。



「グ、グエエ」



 ボールが針井はりいの足元に落ちる。あまりの痛さでボールが拾えないようだ。その間に、千井田ちいださんがホームイン。俺が2塁を回ったところで、ショートの辺田へんだがボールをつかんだ。津灯つとうは3塁止まり。



「やった、やったよ! 同点タイムリーやぁ!」



 1塁ベース上で山科やましなさんは、選挙に当選した人のようにバンザイを繰り返す。



「すごい! すごいです、山科やましな先輩!」


山科やましなさん、イケメーン!」



 津灯つとうと俺は拍手で同点タイムリーの山科やましなさんをたたえた。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る