69球目 評定が足りない

 浜甲はまこうVS花丸はなまる3軍の練習試合の3か月前、はやぶさ中学の職員室で、椎葉しいばが担任の机を叩いてキレていた。



「どうして、草能くさのは高校ダメなんですか!」



 担任はメガネを押し上げて冷静に答える。



「確かに、草能くさの君は2学期よく学校に来てくれたし、テストもそこそこ点を取ってくれた。だがね、我が県の公立高校は、2年の3学期と3年の1学期・2学期の評定が、受験の点に加算されるんだ。それで計算すると、草能くさの君は本番の受験で80点近く取らないと受からない。普段のテスト20点ぐらいの彼には厳しいだろう?」



 椎葉しいばの隣の草能くさのは申し訳なさそうに頭を下げる。



「ごめん、林太郎りんたろう。ボクんとこが貧乏だから、公立に合わせてくれたのに……」


「いいや、まだ手があるタイ。先生、花丸はなまるのスポーツ推薦すいせんって奨学金しょうがくきんもらえるとね?」


「ああ、そうだ。だが、あそこの推薦枠は少ないぞ」



 担任の厳しい表情を見ても、椎葉しいばの自信にあふれた顔は揺るがない。



「大丈夫。俺はコネありますから」



 椎葉しいばは去年の福岡県大会決勝後、花丸はなまる高校の野球部員にスカウトされた。スポーツ推薦すいせんしてもいい素材だとベタ褒めだった。



 今回は公立高校をあきらめたので、名刺めいしの野球部員に電話してみる。数日後、推薦すいせんできるかどうかの身体測定を受けることになった。



※※※


 椎葉しいば草能くさのとともに花丸はなまる高校へ行った。高校名どおり、各所に花壇かだんがあり、へたな自然植物園よりも種類が豊富だ。



「あそこ、坊主頭の人が手入れしとうと」



 華やかな庭園に似つかわしくない不毛の頭が5つ並んでいる。みんな制服だ。



「おう。あれは花丸はなまる高校の3軍部員タイ。この時期の2年生は、学校の花壇かだんの手入れさせられるタイ」


「えっ!? 花丸って3軍があるのー?」



 プロ野球でも3軍がある球団は少ない。椎葉しいばはスカウトから聞いたスマホのメモを見ながら、説明し続ける。



「おうよ。花丸はなまるの部員は大体200人、皆が試合に出られるよう、3軍を設けたんと。そのおかげで、1年から試合に出られるタイ」


「そこで活躍しないと、2年から用具係やデータ班、俺みたいにスカウトに回されるバイ」



 2人の目の前にユニフォーム姿の坊主頭が現れる。



「君が椎葉しいば君とね? 九州大会の延長12回の力投、感動したよ」


「いやぁ、ありがとタイ」

 


 椎葉しいばは照れ笑いを浮かべる。草能くさのも自分のことのように顔をほころばせている。



「ところで、隣の子は付き添いタイ?」


「そうです。ボクは椎葉しいばのとも」


草能くさの推薦すいせん枠で入学させてほしいですタイ」



 草能くさのとスカウトの間で一瞬、沈黙が生まれる。スカウトが数回まばたきをした後、草能くさのがすっとんきょうな声を上げる。



「ボ、ボクがす、推薦すいせん!?」



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る