396球目 眠れる魂を起こさない

 俺は暑くも寒くもない空間で寝ている。ずっとここで寝られたら幸せだと思う。幸せ、あれ、幸せって何だっけ。俺はいつからここにいたっけ。記憶があいまいで、全く思い出せない。



「起きろ、起きろカァ」



 俺の頭を何か硬い物が叩く。痛いなぁ。まだまだ俺は寝ていたいから、無視を決めこむ。



「カァカァカァカァカァ!」


「うるせぇ!」



 俺が目を開けて叫べば、暗闇にポツンと青白い光が見えた。全体的に丸いが、口ばしのように尖った部分がある。



水宮みずみや君、おはよう」


「誰だよ、俺を起こしやがって」



 ミズミヤ、それが俺の名前なのか? ああ、全く思い出せねぇ!



「せやで。夕川ゆうかわの魂は追い出したから、もう目覚めてもええで」


「目覚める? 嫌だ! 俺はまだ寝る!」


「あらら。まだ眠ってるみたいカァ」



 全くワケの分からないことを言いやがる。今の俺は起きてるから。



水宮みずみや君がいないと、浜甲はまこう学園は甲子園に行けないカァ」


「ハマコー? コーシエン? お前は何を言ってるんだ。早くここから出て行けよ!」



 俺が怒鳴っても、そいつは全く動こうとしない。



「目が見えてるのが辛いカァ。スライドショーで見せるカァ」



 そいつが点滅を繰り返すと、暗闇が消えて光が満ちていく。映画のような大画面で、色んな人物が映り出す。



「野球部に入って下さーい!」

「ヤキューブツブス!」

「頑張って早く負けてね」

「うちの高校に転校しないか?」

「ハンズキャノン!」

「みんな太って可愛いモウ❤」

「龍の力を舐めるんじゃあない!」

「ポポポポポポポ」

「水宮君、また体使わせてね」

「ハハハ。ホームラン打つでー」



 徐々に思い出せてきた。俺はヤキュー、野球をやっていて、甲子園目指していて、チームの4番&エースで、それで――。



「俺は水宮みずみやるいだ!」



 目の前の映像が切り替わって、黒ずんだ天井が見える。俺はクソ暑い空間内の硬いベンチで寝ていた。



「ミスター・ミズミヤ、カムバック!」



 東代とうだいの声を1億年ぶりに聞いた気がする。俺はゆっくりと起き上がり、頬をつねってみる。うん、夢じゃない。



「やっぱいいなぁ、高校野球って」



(続く)

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