397球目 失投は見逃さない

 9回表のマウンドに取塚とりつかさんが登る。夕川ゆうかわさんは俺の体を使えなくなり、ブツブツと文句を垂れている。



 夕川ゆうかわさんが憑いた状態が続けば、俺は強制的に霊眠れいみんさせられ、あの世に行ってたそうだ。怖すぎんだろ。甲子園の舞台に立つまでは死にきれん。



「1番センター赤紫谷あかしや君」



 赤紫谷あかしやは1度もバットを振らずに打席へ入る。もしかしてセーフティーバントか? ファーストの俺は少し腰を落として少し前進し、奇襲に備える。



「プレイ!」



 取塚とりつかさんは脱力フォームから真ん中高めに棒球ストレートを投げた。



 ヤバイと思った時には、打球は高々とセンターへ上がる。



「捕るよ!」



 山科やましなさんがジャンプしても、届かなかった。ボールはバックスクリーンに当たって、グラウンドに戻ってくる。



「オーイェイ! ホームランやぁ、ハーン!」



 赤紫谷あかしやは1塁ベースコーチとハイタッチして、舞い踊っていた。



 0行進のスコアボードに刻まれた初めての1。9回にこの1点は重過ぎる……。夕川ゆうかわさんにしては不用意すぎる1球だった。



 俺達はマウンドに集合する。取塚とりつか夕川ゆうかわ)さんはしかめっ面で、ボールをグローブに叩きつけている。



「ミスター・ユーカワ、ネクストをしっかり抑えましょう」


「低めに投げてゴロにしたら、俺達が何とかするからさ」


「俺様んとこ打たせたらチャンチャンや」


「リラックス」



 俺達がいくら声をかけても、取塚とりつか夕川ゆうかわ)さんはタメ息をついて下を向く。



「ハァ。こいつの体アカンわ。水宮みずみや君やないと」


「おい。まだそんなことい――」



 俺が喋ってる途中で、今まで黙っていた津灯つとうが、取塚とりつかさんの頬を思いっきりビンタした。彼女の目から一筋の涙が落ちる。



(続く)

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