208球目 馬脚を止められない

 こんなに太ったことは人生で一度もない。練習球を投げれば、いつもよりボールがおじぎしてるように見える。あああ、しんどい。もう投げたくない。



「練習、もういいです……」


「えっ? 1球でいいのかい?」



 球審の問いに黙ってうなずく。



 俺が勝手に練習を切り上げても、東代とうだいは何も言わない。彼は左ひざをついて、腰に負担がかからないようにしている。



「1番ピッチャー豊武とよたけ君」



 豊武とよたけの顔が縦に伸び、鼻の穴が開き、首が長くなって、栗色の馬獣人と化した。若干、お尻が大きくなったようだ。



 俺は左足を少しだけ上げて、「どっこいしょ」と投げる。やはり、いつもよりストレートが走ってない。前の試合のように、いきなり長打喰らうか、えっ、バント?



「ブルルルル」



 豊武とよたけ駿足しゅんそくを飛ばす。俺はよろめきながらボールを捕って、1塁へ。あれ、もういない?



「セカン!」



 東代とうだいの指示でセカンドへ投げたが、豊武とよたけの足がはるかに速かった。ピッチャー前ツーベースヒットって、草野球かよ……。



「みんなー、あたしの牛乳飲んでねー❤」



 戸神とがみがベンチの選手に声をかければ、各々が牛乳瓶を持つ。



「おうよ!」


「コケ―!」


「ラジャー!」



 彼らは俺達が飲んだのと同じ牛乳を、一気に飲み干す。体型の変化はないのだろうか。



「審判さん、キャッチャーさん、ピッチャーさん、よろしくお願いします❤」


「ああ、こちらこそよろしく」



 戸神とがみは礼儀正しくあいさつした後、鼻が横に伸び、胸が一回り大きくなって、白と黒のホルスタイン獣人になった。あんな体じゃ、打つの難しいだろ。



 インハイ付近のブラッシングボール威かく球を投げる。



 それは戸神とがみの胸にぶち当たる。逃げる姿勢を見せなかったため、ボール判定に。助かったと思った次の瞬間――。



「いってぇなぁ、コラー!」



 戸神とがみの目が真っ赤になり、スペインの闘牛の荒々しさを見せたのだ。



(続く)

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